余計なものをすべて取っ払った時に残るものが必要なモノ - よるくもの感想

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よるくも

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余計なものをすべて取っ払った時に残るものが必要なモノ

5.05.0
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2.5
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演出
4.5

目次

正しいことは誰にとっての正しいことなのか

本当によく考えられた物語であると言える。貧富の差をただ描いているのではなく、貧しいところから成り上がっていく物語でもない。どこまで堕ちていったって、人が人であるということ、欲しいものが同じであることがビシビシ伝わってくる物語だ。

お金を持っている人が住む「街」。貧乏とはいえ商売をしまっとうにお金を稼いで生きている「畑」。闇の仕事を専門に扱い人の命の重みが感じられない「森」。この3つの区域のある世界で、身分違いだったはずの男女が出会い、どのように心を通わせていくのか。それは単純な恋物語なんかじゃない。人がそこにいる限り、3つの区域は闇でつながり、お互いなしでは生きていけないということをダークに伝えてくれている作品だ。

「畑」で飯屋を営むキヨコとその母親。女だけでも元気いっぱいに、ご飯を食べたいという人のためにご飯をつくる。キヨコは「森」の市場にもちょくちょく顔を出し、掘り出し物を探して歩くことがあった。キヨコは誰かに差別的な感情を持っているような子ではなく、必要だから助け合うという性格であるため、善にも悪にもどちらの方向でも針が触れる可能性があったと言えるだろう。

一方の小辰(よるくも)は、捨てられた孤児(虫と呼ばれる)が成長した状態。感情もなければ、言葉の読み書きや計算もできないし、痛覚すら持っていない。彼の手にあったのは温冷覚、そして父親代わりの中田だ。小辰に優しくしてくれた中田。生きるために人を殺す仕事を教えてくれた。言葉も教えてくれたし、病院の先生だって紹介してくれた。ここがどんな場所で、誰かを倒せとか、そういうことは言わない。ただこの闇の世界で生きていく方法を、中田は小辰に正直に伝えていただけのことだった。

中田は虫出身であったが、感情と痛覚を体半分だけ持ち合わせている、と表現されている。虫の出身なのだから、街に行ったほうがいいとか、畑のほうがいいとか、そういうことはわからないし、この森から出ることが善い事だとも思わないんだろう。正しいとか、正しくないとか、そういうことは横に置いといて、人はどこでもその環境で生きていくんだろうなー。

差別するこころ

キヨコの母親はいい人だった。キヨコはそれを見てきたからこそ、お父さんが遺してくれたお店を守って生きていこうって心から考えられる子に育ったと思う。だけど、そんな「いい人」だって、いろいろな感情を持っている。「街」出身だったお父さんが、「畑」に来た経緯は語られないが、きっと何かあったんだろうと推測できるし、きれいなところから見た「森」の景色は決して好ましいものではない。汚らわしく、暗く、人間ではないように映ってしまうのだろう。そうして母親は「森」の住人に対する差別を口にするのだ。

自分の娘が欲しいって言う「森」の住人がいて、自分の大切な娘に、今まで以上の苦労を与えたい親は決していない。中田の存在は恐ろしかったと思う。だけど、同時に「森」の人に対しての侮辱も加えたら、そりゃー中田だって怒るよ。どれだけ汚れているように見えても、そこには人が生きていて、自分が育ったホームグラウンドがある。みんな同じような見た目で同じような機能を持ち生きている人間であることに変わりがない。だからこそ、中田はキヨコの母親にブチ切れたんだと思う。

中田は自分の命が残り少ないと知って、小辰に家族を残したいと考える。それって、すごい人間っぽい感情だよね。小辰を恐れず、理解しようとし、いろいろな感情と、温かさを教えてくれる優しい人。なおかつ、小辰自身がキヨコに興味を示していたら、親としてはどうにかしてやりたい。キヨコの母親を殺してしまったことは、願ったことではない。母親だってキヨコを幸せにしてやりたいと思っていたはずだ。だけど、そこに偏見・差別が加わった時、事態は収拾つかなくなるものなんだね。誰かに罪があるのかないのか。どうしたらいいかわからないんだ。

キヨコの愛・王子の愛

キヨコは唯一の家族である母親を失い、中田を失った。同時に家も、何もかも。小辰もそれは同じ。だから、キヨコにとっての小辰・小辰にとってのキヨコは、唯一頼れる相手になってしまった。この残酷さ、ディープすぎて辛い。キヨコと小辰には、どうしたらいいかわからない次元の話だったはずだ。

一方の王子。妹である百に救われた過去を持つ王子は、百のために生きていた。百が苦しんだりもがいたりする姿に、生きる喜びを感じる。そんなイカれた人間。だけど、百自身が、生きる喜びをかみしめる兄の存在そのものを愛している人で、甘んじて彼の愛情表現を受け止めているのだ。この感覚、すごく難しいもので、中学生くらいまでだとわからないかもしれないね。このいびつな愛があっても不思議じゃないと理解できたなら、相当な大人だと思う。

百は実際、悪い人じゃない。やることはだいぶ恐ろしいが、愛だと言われれば愛だと思う。大事なお兄様の足切断して愛でるのは怖すぎるが…命がいかに大切かということがよくわかっている人なんだよ。キヨコと王子のことでいろいろあったけれど、その後は人殺しはやめたし、自然や動物守って生きていくことを始めたのだから。それだけでも、中田やキヨコの母親が死んだ意味、そしてキヨコと小辰が残された意味があるなーと感じずにはいられなかった。

知らなかったことを知るからこそ生まれる苦しみ

小辰は本当にかわいそうで、こっちが泣きたかった。お父さんっぽい存在を失くして、キヨコにもなんか言われて、どうしたらいいのかわからなくて。目的なく生きていくことがどれほど辛いか。それこそキヨコに出会わなかったら、いつもそこにあるという安心感も、ご飯のおいしさも、中田という存在のありがたみも、わからないままだったかもしれない。わかったからこそ、苦しいという気持ちが芽生えたはず。小辰にもきっと感情が育てられたはずだ。知らずにいればもっと楽だったかもしれないけど、生きる意味・目的を持つ生き方のほうが、絶対にいいと思う。これだけは誰が何と言おうが、やっぱり人間がこれだけの脳みそを持った時点で、確かなことだ。

キヨコも、小辰がいたから一人にならなかった。辛いのか苦しいのか、よくわからない。でも今日もご飯を食べて、一緒にいて、仕事をして、生きていく。スタイルが変わっても、2人は一緒に生きていく。人間としての最低限の権利がいかほどのものなのかははっきりと言えないけれど、生きていることが何よりも価値あること。そう信じたいと思うラストだった。

終わり方としては寂しいものだった

小辰にキヨコたちくらいの感情が生まれるとか、ビッグなイベントがあったわけじゃない。キヨコがとにかく闇に堕ちまくり、当たり前にあったものをそぎ落とされていった。最後は生きているということと、小辰がいるということだけになった。寂しい終わりなのだが、物語の伝えたいことを考えてみると、やはり納得がいくのである。生きる意味を、ポジティブにとらえさせようとする意図も感じられるし、本当に大切なものは、誰かを大切にして生きていくということなんだと伝えてくれていると思う。

なんか死にたいなーと思うときがあると思うが、死んだら何も残らない。道が見えないときなんてざらにある。進みたきゃ進み、戻りたきゃ戻ればいい。もっとシンプルに、正直に生きて、ただ大切にしたい何かを大切にして生きていこうとすることが、よっぽど人間らしく、平等なのかもしれない。

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ダークな世界にも生きる人はいる

正義への問お金持ちが済む「街」。貧乏でも商売しながらまともに生きている「畑」。そして闇の商売なんでもあり・殺しもある「森」。ここを舞台に描かれるある殺し屋と飯屋の娘の物語。この物語のすごいところは、どこまでも人を堕としていくこと。堕として、堕として、堕としきった先に、残るもの。それはいったい何だろう?どうしようもない人間社会にも、人は生きている。それをヒシヒシと伝えてくれます。この物語を読んでいると、何が正しくて、何が正しくないのかはわからなくなる。小辰(よるくも)は捨てられた子ども(虫)。人身売買・臓器売買・使うだけ使われたら捨てられる子ども。それを中田に救われた。よるくもには感情はなく、言葉の読み書き・計算もできないし、痛覚もない。あるのは温冷覚だけ…それでも、彼がたった一人の家族だった。中田は勉強もさせてくれたし、いろんなことを教えてくれた。彼の言うことを聞いて仕事をすること以外...この感想を読む

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