読了後の虚無感
奇妙な事件からの幕開け
この作品は、普通の日常生活の中に突如起こった、奇妙なバスジャック事件から物語が始まった。
しかもバスジャックを起こしたのはひ弱そうな老人。そして解決までに要した時間はたったの3時間。
今作で3度目の事件遭遇でか、場慣れしている主人公杉村三郎は、今までの経験を活かし速やかに事件収束への道を模索するが、事件は犯人死亡という最悪の結果に終わってしまった。
これ以前の杉村三郎シリーズ作品も読ませて頂いたが、主人公が急に頼もしい存在として描かれていると感じた。また、園田女史の意外な一面、その一面にすぐ気が付き気遣う面識のないはずの犯人。そして犯人が人質たちに申し出た「慰謝料支払」の信憑性。序盤としては怒涛の展開と沢山の疑問と期待をもたせて物語は進行した。明らかに前2作品との雰囲気の違いを感じざるをえない幕開けであった。
犯人と事件の真の目的を探る
バスジャックの犯人は死亡したはずなのに、後日人質たちには約束通りの「慰謝料」が届いた。しかし、この慰謝料の扱いに悩んだ人質たちは、犯人の意図、慰謝料の送り主を知るべく協力して調べていく。この部分はもつれた糸をほぐしていくサスペンス小説ならではの過程を一番純粋に楽しみながら読ませてもらった。登場人物一人一人の感情の移り変わりが丁寧に描写されているので、一番作者の世界観に引き込まれる部分だ。いきなり大金を目の前にしたらどんな感情が湧いてくるのか、そもそも犯人はなぜ事件を起こしたのか。犯人がバスに籠城している時に連れてくるよう要求した「悪人3人」はどんな人物か。調べていくうちに思いもよらない大きな事件を知ることとなる。
悪とは何か そして衝撃の終焉
バスジャック事件の背景に潜んでいたのは、多くの被害者を出し、また現在進行形でその被害が広がっている詐欺商法事件だった。その事件は世間に広く蔓延していて、実態もつかめないバケモノのようなものだった。犯人はバスジャック事件でその実態を少しでも明らかにし、自分の犯した罪をどうにか償いたいともがいていた。お金は人を狂わせる。貧困は人の心を荒ませていく。より良く生きたいと願う反面、悪に転がり落ちるのも実は簡単な事。人の心の弱さや強さをじみじみ感じる事件の終末であった。
しかし、最後の最後で、序盤から感じてきていた今までとは違う違和感の正体が明らかとなった。
作者は人の心について、ここまでも大きく且つ細やかに描きたかったのかと呆然とした思いを感じた。
人の心は同じ所で留まることは出来ない。少し止まる事はあったとしても、何かを求め進んでいこうとするものなのだと最後の最後に衝撃を受けた。
この作者の作品は多く読んできたが、また格別な余韻をもたらしてくれた素晴らしい作品だった。
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