飼い犬という家族の「最後の一年」をあますところな綴り、喪失と再生までをも描写した一冊 - 犬を飼うの感想

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犬を飼う

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飼い犬という家族の「最後の一年」をあますところな綴り、喪失と再生までをも描写した一冊

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画力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
4.5

目次

後の「孤独のグルメ」作者によるペットロスの物語

今年逝去された谷口 ジロー氏は、近年「孤独のグルメ」の作者として大いに注目を集めることになりましたが、「餓狼伝」などの格闘ものや「シートン」などの動物もの、「神々の山麓」といった山を舞台にした作品群においても並々ならぬ仕事を見せた作家でもあります。

その谷口氏が「日常」に挑んだのが本作の表題である「犬を飼う」です。十四歳になり足腰の弱った愛犬、タムの最後の一年を漫画にした本作は、しかし完全なフィクションではなく、谷口氏が飼っていた犬が亡くなった矢先に描き上げた、言わばセミ・ノンフィクションとも言えるものになっています。

「犬を飼う」が描かれたのは1991年、まだ日本全体がバブル景気で盛り上がり、動物愛護の機運は見えてこなかった時期でもあります。まだ動物愛護法は制定されておらず、家族同様のペットと言えども「器物」扱いだった、今日とは隔世の感がある頃に、こうした現在的な要素の強い作品が世に出たことには驚きを禁じ得ません。

「犬を飼う」で示されているのは、緩やかで静かに進む日常の中の、救いようもない現実です。犬は我々よりも速く成長しますが、それは一旦衰え出すとあっという間に容態が悪くなるということでもあり、その現実が圧倒的な画力によって、淡々としかしそれだけにリアルに描き出されているのです。ペットを飼っていた方、現在飼っている方にとって、心の琴線を激しく揺さぶられることは必至ではないかと思います。

そのタムの様子を見ていた近所のおばあさんの、自身への絶望をも含めた「はやく死んであげなきゃだめじゃないかね……(中略)あたしもさ、早くいっちまいたい……」の言葉は、フィクションでは逆にまず出せないのではというほど厳しく辛いものが含まれています。

一方、どうしても死に向かうしかない愛犬タムタムの描写とは対照的に、貰われてきて出産し母親になるペルシャ猫のボロとその子供たちの生命力に溢れた姿は見ていて楽しく、また頼もしいものであり、読者の立場からも「犬を飼う」での悲しみが癒えるような気がしました。

一昔前に比べて、ペットが置かれている状況は飛躍的に改善しました。食事も薬剤も良くなり、医療体制も強化され、無理をしなければ多くの犬や猫が長寿をまっとうでき、早死にでも「寿命だった」では片付けられない時代です。しかし、人の方がずっと寿命が長い以上、いつかはペットとの別れが訪れることになるわけですし、ペット・ロスの悲しみをいかに乗り越えるか、ペットの老後をどうするのかといった部分は、極めて現在進行形の問題として語られています。

本作は、一切「主張」をしませんが、長年の家族だった犬を失うのがどういうことかを伝えるとともに、ひょんなことから猫を飼い始めたことで立ち直れた現実が示されており、地に足に着いていない理論よりもはるかに現実に対する参考になるのではと思います。


目下最大の政治的議題が「動物問題」でもある現代日本にこそ、本書で見られる素朴で優しい視点が重要

さて、現在の日本に目を向けてみますと、「加計学園」における獣医学部問題が非常に多く取り上げられています。不正な働きかけがあったかなかったか、等々議論が紛糾していますが、間違いなく言えるのは、この議論はまず第一に「患者」である動物たちの処遇を云々する問題であるということです。そして、世に様々な不正や疑惑がありながら、獣医、という一昔前ではかなり馴染みが薄かった職域に注目が集まっているということは、それだけ、人々の潜在意識の中で動物を治してくれる獣医さんという存在が大きくなっているからなのではないでしょうか?

前述したようなペット・ロスや老後の問題を除いても、殺処分問題なども存在しますし、長寿化する動物を飼い続ける難しさも現実としてある中、「●●の見地から獣医学部新設は不要だ」、「いや必要だ」といった真っ向からぶつかり合う議論を延々と聞いていると、ふと全てがお金や数字の問題になっているように思えてしまうものです。しかしそんな時こそ、本書に載っているいくつかの短編に見られるような現実的な皮膚感覚に立ち戻るべきなのかも知れません。動物を飼う立場としては、何か事があったらすぐに診てもらいたいし、料金も手頃な方が良いに決まっています。しかしどんなに獣医が手を尽くそうと別れは避けがたく、苦しみを代わってあげることもできない。当たり前の話、ではあるのですが、そうした忘れがちな「基本」を思い出させてくれる何かが本書に収録された短編には詰まっています。

シンプルで精緻な書き込み、温かい雰囲気、リアリズム……、谷口ジローの感性の多くが詰まった一冊

本書は表題の「犬を飼う」を軸に、「そして…猫を飼う」、「庭のながめ」と、人とペットの触れ合いが多くを占めていますが、再婚問題をきっかけに家出してきた姪っ子、明子との心の触れ合いを描く「三人の日々」と、中年クライマーのヒマラヤ再挑戦を描く「約束の地」も秀逸です。静かな筆致でむしろ淡々と進みながらも緩みがなく、人間の内面までが描写されていて、しかも温かみがある。コマ割りにも無駄なところがなく考え尽くされており、読み手の集中力を邪魔するところが一切ありません。本作は実にしっかりとした小品集ではあるのですが、格闘やアクション的要素を別にすれば、谷口氏の確かな仕事ぶりの多くが詰め込まれているように思います。また、本書で見せたような、現実への立脚や構成の確かさがあったからこそ、「孤独のグルメ」も生まれたのではないかと感じ取ることもできました。

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