スティーブン・キングホラーの隠れた名作 - 図書館警察の感想

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図書館警察

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スティーブン・キングホラーの隠れた名作

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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演出
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目次

初めて読んだスティーブン・キング

確かこの本が、私にとって初めてのスティーブン・キングの作品だったように思う。この「図書館警察」という何とも恐ろしいのに妙に心惹かれるタイトルが印象的で手にとったことを覚えている。
主人公のサムは急遽スピーチをすることになり、その原稿に彩りを添えるため今まで行ったことのなかった図書館に立ち寄る。そしてそれはあるはずのない図書館だった。というこの始まり方はいわゆる超常現象でありながら、読み手を一気に物語に引き込むのに十分なリアリティを備えている。このリアリティが、スティーブン・キング作品の特徴でもあると思う。
彼はその作品の多くがホラー色が強く敬遠する人もいるかもしれないが、そこには決して残酷や過激さだけを求めたような乱暴な描写はないし、殺人などが起こってもそこに至るまでの背景が実にうまく物語の中にちりばめられている。だからこそ犯人に対してさえも同情を覚えてたりしてしまう(私にとっては「ミザリー」がそれだった)。また誰にでも起こり得る身近な恐怖「トム・ゴードンに恋した少女」は好きな作品のひとつだ)もよくテーマとして取り上げられており、彼の書く小説はただのホラー小説(ホラーだけを書いているわけではないけれど)ではないことは確かだ。

「図書館警察」という概念

この「図書館警察」という概念は恐らく日本にはないものだろう。少なくとも私の育った地方にはなかった。だけども、図書館の本を期日までに返さなくてはならないという鉄壁の約束は絶対に守らなければならないものだったところは同じだ。幼い頃その“鉄壁の約束”を破ってしまったこともある。そういう時は大概借りたことを忘れてしまっていた時だけど、それを思い出したときの血の気が引くようなあの感じを今でも覚えている。子供の頃はそういう事(“提出しなければならないプリントをなくす”とか“給食当番のエプロンを忘れる”とかそういった些細な類)をしでかしたら、それこそ不治の病を通告されたような絶望感を感じたものだった。もちろんその中に“図書館の本を期日までに返しそびれる”ということも入る。
この小説はそういう恐怖を見事に書ききっている。スティーブン・キングの中でも好きな作品の一つだ。

サムの恐怖描写のうまさ

あるはずのない図書館に立ち寄り、あるはずのない本を借りてしまった。そしてあろうことかその本を失くしてしまった。これだけで立っている地面がいきなり抜けたような、お腹がなんだかふわっとするような恐怖を感じてしまう。本来大人なら「失くしたものは仕方がない」と金銭的解決を考えるものだと思う。すなわち同じものを探して弁償することである。サムもいいようのない恐怖を感じながらも、そのような大人の解決を試みようとする。そもそもサムには過去で図書館での忌まわしい過去があり、それは無意識下に封じ込まれている。しかしその無意識はその上に構成する意識に図書館を邪なものと感じさせ、避けさせようとしている。だからこそその“大人の解決法”に至るまでに時間がかかってしまった。それで解決できると思ったところに、図書館警察が現実のものとなって現れる。たちまちサムは子供の頃の無防備な恐怖に囚われてしまい(それも無意識下にあった出来事がそうさせるのだろう)、挙句“大人の解決法”ではなにも解決できない深みに自分がはまり込んでいることに気付く。
恐怖にさらされ続けた挙句、髪がすべて白髪になってしまうという描写はよくある。実際はそうなることはないらしいが、恐怖のインパクトとしては強い。「ベルサイユのバラ」でもマリー・アントワネットが民衆に追われた末城に戻らざるを得なくなったとき、髪が白髪になっていた描写があった。現実にはありえないこととわかっていても、この描写には鳥肌がたつ。そしてサムもそうなった。ナオミが声をなくすほど白髪になっていたのである。こういう描写は小説でありながら、本当に映像として頭に入ってくる。こういう効果はなにもスティーブン・キングだけでなく優れた作家ではよくあることでもある。

スティーブン・キングの世界でのアルコールの描写

彼の本をすべて読んだわけではないけれど、アルコールに対して厳しすぎるイメージがある。いうなれば中間がないのだ。お酒を楽しんで飲むという描写にはあまり出会わないし、飲む人はほぼアルコール中毒だし、登場人物が少し飲むと別の人物が「お酒を飲むんだ」と驚いたりと、登場人物たちが楽しくお酒を飲むという印象はあまりない。スティーブン・キング自身はどうなのか知らないけど、これほど両極端なのはやはりアメリカならではなのかもしれないと感じた。タバコが敵視されるように、アルコールもそうなのかもしれない。
「図書館警察」で出てくる登場人物たちもアルコールに悩まされ続け、AAに通っている。私もサムと同様、どちらかのAがアノニマスだという程度の知識しかなかった。どれほどの中毒になればそこに通うことになるのかわからないけれど、この本では珍しくお酒がキーワードになっている。アーデリアに翻弄され続けたデイブは現実から逃げるために酒びたりになり、ナオミは恐らく自らが言うように「酔っ払いに生まれてきた」のだろう。今まで私が読んだスティーブン・キングの作品でここまでアルコールを描写した作品を他に知らない。だから余計この作品でのその描写は印象に残った。

ラストに向けて怒涛の展開

アーデリアが怪物であることはわかったし、ここで伏線で張ってあったサムのリコリスが効いてくるのもわかった。そしてそれに至る描写は素晴らしく、まるで映画を観るようだった。スピード感があり、表現は緻密で、翻訳された本であるにもかかわらず(時に翻訳された本の文章はまるで頭に入らないことがある)、頭に映像を結ばせる。アーデリアの口吻にリコリスをつめるところなど、思い返してみたら映画を観たのか小説を見たのかわからないくらい頭に映像が残っている。確かにあのあたりの恐怖描写はアメリカンのものかもしれないが、十分スリリングで恐ろしかったし同時にワクワクした。
デイブの死は側から見ていれば悲惨だったのかもしれないが、彼にとっては待ちわびた死であったのかもしれない。そう思わせる完璧なラストだった。

もう一つの話「サン・ドッグ」

これも好きな話だ。誕生日にもらったポラロイドカメラが、あらぬものを写すといういかにもなホラーでワクワクする。それも大人がワクワクするものが大いにつめこまれている物語でもある。まずこのポラロイドカメラを持ち込まれるガラクタ屋。その店のイメージは映画「エンバー」の世界や、「ネバー・エンディング・ストーリー」の本屋とかを彷彿とさせる。また、シャッターを押した瞬間に心に閃いた「これは僕のものだ」という実感。これは「ロード・オブ・ザ・リング」の指輪の持ち主の心境を思い起こさせる。そういった様々なダークファンタジー的イメージがつめこまれているため、どうしても物語としての好感度があがってしまう。
ストーリーとしては、写真を撮るたびにそれに写る凶暴そうな犬がどんどん近づいてくるという、スティーブン・キングお得意の「変化する絵」の話の範疇になるのだけど、それが実に飽きさせずに面白い。もっというとその近づいてくる犬は「クージョ」の犬ではないかという描写さえある。あの恐ろしい狂犬病にかかった、あの汚らしい犬。あの本を読んだ読者なら、ここの描写を待たずにそれを想像すると思う。とはいえストーリーの出来としてはそれほど賞賛するほどのものではないけれど、スティーブン・キングらしい怖さを楽しめる物語である。だからこそこの2つの話は、私にとっては何度も読み返したくなる作品なのである。

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