「あの頃」に読者を導く名作ギャグ漫画
古賀亮一氏の出世作
本作『ニニンがシノブ伝』はギャグ漫画作家古賀亮一氏の出世作となる作品です。古賀氏はアダルト雑誌におけるギャグ漫画枠の『ゲノム』で頭角を現したという経歴をもっています。昔からなぜかアダルト雑誌にはギャグ枠があるのですが、なかなかスペイシーな作風の方も居られるのですが、中でも『ゲノム』は屈指のギャグ漫画でした。現在も『ゲノム』の連載はアダルト雑誌のコミックメガストアαに『新ゲノム』と名を変えて掲載中です。同じような立ち位置の作家さんとしては『LO』の作家うさくん氏を挙げることができます。
そんな古賀氏が一般誌で連載を続けていた本作『ニニンがシノブ伝』は比類するものの無いギャグ漫画です。紙面からオリジナリティが溢れているような表現を見ることができるでしょう。決してアダルト雑誌での連載経験があるからといって尖った前衛的な作品であったりエロ主体のネタをするというわけでもありません。ただ単に古賀氏のギャグセンスが群を抜いて高いのです。こうして一般誌という読者層の多いメディアに登場したことで古賀氏は大きな指示を得るようになりました。
また、本作はアニメ化されるほど人気を博した作品でもあります。そしてアニメ化の際には最もギャグ色の強いキャラクター「音速丸」の声優に若松信夫氏を起用するという大胆なキャスティングが話題となりました。普段シブいキャラクターを演じることの多い若松氏の口から「ぶるぁぁぁぁあ!」といった奇声や「ごみんよ~」という愛らしい台詞を言われたら視聴者はたまったものではありません。音速丸というキャラクターが長い間愛されているのもひとえに若松氏の功績が大きいと言えるでしょう。とにもかくにもアニメは高い評判を呼び多くの人へ認知されるようになりました。
アダルト雑誌の連載から一般誌へと移り作品がアニメ化される、という一連の流れにおいて『ニニンがシノブ伝』が果たした役割は大きいものです。作品の中身について見ていきましょう。
俺達の兄貴「音速丸」の魅力
本作の中心となるキャラクター「音速丸」は独特のフォルムをしています。黄色い球体に簡単な手足と羽がついた奇怪な生物なのです。そして音速丸が起こす騒動に回りはしっちゃかめっちゃかになる…というのが大まかなあらすじとなります。
音速丸…いえ、音速丸様は若者の憧れの存在と言えるかもしれません。少しオタク気質な若者達のリーダーとしてその場を支配し、かつ愛も与えてくれる貴重な存在です。読者は音速丸の手下であるサスケや忍者達の1人となって音速丸様と夜ごとに語らいあうことができます。例えば音速丸様が「やっぱりおさげは必要だよね…!?」と言えばサスケは「そうですかねえ。ガリ勉って感じがしてチョット…」となり音速丸様が「なんだと貴様ー!そんなこと言う人にはお弁当分けてあげないんだからっ」するとサスケが「はっ!あなたはおさげの美少女…」となるわけです。音速丸様、ひいては本作の作品世界に嵌まるとこうした楽しげな妄想がいくらでも湧いてくるでしょう。
いわゆる部室感というか「もし中学校で気の合う奴らが集まったなら」感を味わえるのが本作の特徴です。そしてその中心には常に音速丸様という兄貴が君臨しています。音速丸様についていけば楽しいことが待っていますし、度を過ぎた事を言い始めたら懲らしめてやりましょう。私達はサスケらの一員となって未来永劫きゃっきゃうふふすることができるわけです。
理想の世界を描いた作品
『ニニンがシノブ伝』の世界はギャグ漫画なので基本的にシリアスな事はまず起こりません。毎日珍奇な事が起こったり音速丸様が暴走したりとちょっとした騒動があるだけです。そこには大きなトラブルも存在せず誰も傷ついたりしません。ただただ賑やかで楽しい毎日が繰り返されるまるで楽園のような世界なわけです。
現実世界では争いは続いていますし不道徳なことも日々発生し、自分自身が事件に巻き込まれることだってあります。暗い情念が沸き起これば誰かに対して不幸を望むものですし、嫉妬ややっかみといった感情さえあるかもしれません。そしていずれもがシリアスで最悪の事態を招きかねない原動力になったりもします。そんな世界になってしまったら何も面白くない、ただただ怒りと悲しみに支配されるだけになるでしょう。
本作の世界はそうしたシリアスさを徹底的に否定します。基本的に相手の存在を肯定し、深刻な状況はギャグによって覆されるわけです。そして何事も変わらず毎日が続いていく…これは楽園そのものと言えるでしょう。
ときたま人生で一番楽しかった少年時代に戻ってみたい、と思うことは無いでしょうか。あの頃、あんな事がなければひょっとして今も面白い世界が広がっていたんじゃねえかな、などと考えてしまうなら本作を読んでみましょう。そこにはあの頃の自分と仲間達が何も変わらず話をしているはずです。実際の自分の少年時代にそんな経験をしたことがなくても構いません。仮想的なあの頃に仮想的な友人との触れ合いを想像すれば良いだけです。そうすれば音速丸様はきっと読者を導いてくれるように変な騒動を起こしてくれるでしょう。
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