スティーブンキングホラーの真髄を味わえる6編
ひときれの温かみさえない最高に恐ろしい物語
スティーブンキングはホラー小説家としてあまりにも有名である。とはいえ彼の書く物語が全部が全部そうではなく、温かみにあふれた物語や柔らかい余韻に包まれる終わり方をする物語は少なくない。だけれども、ここに収められている物語の中には、スティーブンキングホラー独特の恐ろしさや嫌悪感、霊的なもの、そういったものがミックスされた、素晴らしい恐怖の物語である。今の時代で言うなら「閲覧注意」という言葉を頭につけてもいいような物語も中にはある。しかしそういった物語こそスティーブンキングの本領発揮であり、そういう描写は他の凡百の作家ではできないものであることは疑いようはない。だからこそこの物語はトラウマになるレベルの破壊力があり、私自身も結構なダメージを受けた。
もちろんキング作品の中では「閲覧注意」的な作品は少なくない。後味の悪さでは「クージョ」も引けをとらないし、トラウマ注意なら「ミザリー」は有名だし、細かいところでは「ローズマダー」の随所の表現が個人的にはダメージを受けた。それら長編を読んだ上で、この短編集には長編レベル、いやそれ以上の破壊力をもたらす短編が収められていた。スティーブンキングの作品は結構読んだと思っていたけれど、私は気に入った小説は繰り返し読むというタイプでなかなか新しい作家やタイトルにいかないという傾向があり、そのためまだまだ読んでいない作品があるということはワクワクして嬉しい限りだ。
ちなみに、この短編集は巻末の解説によると、原書「Just After Sunset」を2分割して翻訳されたもので、この「夜がはじまるとき」はそれの後半6つの物語を収めており、前半7つは別の作品「夕暮れをすぎて」として発行されている。「夕暮れをすぎて」は読んだことがあるけれども、どちらかというと切なさや優しさといった温かさが感じられた作品であったように思う。やはり「夜がはじまるとき」というタイトルどおり、こちらの方がホラー感を感じさせるようになっているのだろう。
数に囚われた男
一番最初の短編。この話は読み進めるにつれこちらの息がどんどん苦しくなるくらい、強迫性障害のつらさが描かれている。(この作品とはちょっと趣が違うかもしれないが、数で思い出すのはジムキャリー主演の「ナンバー23」。これも23という数に取り付かれていく男の話だけど、いつもコメディチックな彼とは大きく違い、その異常さや、それがわかっていながらも離れられない苦しさをうまく演じていた。)誰しも「家の鍵をかけたか」「ガスの元栓を消したか」そういう些細な疑問を家をでてすぐ思ったりするものだが、この場合の主人公はその度合いが過ぎてしまい生活にも支障をきたしている。その彼の異常行動の緻密な描写がこちらを息苦しくさせるには十分なのだけど、この物語ではそれだけでは終わらない。それだけでも息苦しいのにそこから話が急展開して、謎の環状遺跡を見ることでその病状が伝染していっているということ。しかも見てはならないと言われているのにもかかわらず、登場人物皆が誘われるようにその土地に訪れていっているというのは既にそこで、強迫性障害の症状がでているといってもおかしくない。皆最初は正常な日常生活を送っていたのに、その地で何かを見て感じそして何かをもらってきているという恐怖が、キングらしい展開だと感じた。もっともこの物語にはもっと緻密な骨組みがあり、神話を大元として描いているらしいのだけど、私は残念なことに「パンの大神」という大作をまだ読んだことがない。もし読んでいればもっとこの話は楽しめたのだろうと思う。
霊界からの通信
このテーマはキング作品では時々あった。同じく短編の「彼らが遺したもの」(これは前述の「夕暮れをすぎて」に収められている短編の一つ)911の犠牲者になった人の遺品がささやいてくるというもので、人ではないけど共通するテーマだと思う。この「ニューヨークタイムズを特別価格で」も飛行機事故で亡くなった夫から電話がかかってきて、愛あふれるメッセージを残すというよくありがちな話ではあるけども、こういうテーマは決して読み飽きることはない。ベタな展開であればあるほど切なさと愛が感じられる。話しの展開も穏やかでこの短編集にはなくてはならない緩急の役割を果たしていると思う。また個人的にはこのタイトルのつけ方が好みだ。
スティーブンキングの恐ろしさを思い知った短編のひとつ
恐らく「夜がはじまるとき」で私が「閲覧注意」と言った時点で読んだ人にはどの話を言っているのかはすぐわかると思う。それがここに収められている最後の短編である。キングホラーでも恐怖対象が違えばさほど恐怖を感じたりしない作品は少なくないのだけど、この話はかなりきつかった。もうわかったから!と思うくらい、緻密な描写がこれでもかこれでもかと押し寄せてくる。想像したくないのに無理やり頭の中に映像を流し込んでくる感じがするくらいだった。あまりにもその描写が続くので薄目で流し読みをしたくらいにその描写はリアルで、あまりにもきつすぎてもう2度と読みたくない作品となった。
スティーブンキングの短編の素晴らしさ
彼の書く作品は、短編であっても長編であっても、キングらしさを失わずに彼の特徴である緻密な描写を武器に、様々な魅力を備えている。それはホラーという恐怖だけでなく、温かみや愛情や切なさやしんみりとした後味を感じさせてくれる。この短編集は、確かに破壊力のある話を擁しているけども、決してそれだけでない。というよりも、その破壊力さえもキングの魅力であることは間違いはない。色々キング作品を読んだけども、久しぶりにダメージを受けたということにむしろ嬉しさを覚えた作品だった。
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