そーきたか!と巧みに裏切るミステリー
構成が抜群
おもしろいです。はじめに女子高生・美月が理由はわからんが家族とも彼氏ともうまくいかず、家出してアダムというミュージシャンのところへ。彼は彼女の大好きな曲を歌い、安らぎをくれる人。しかし彼は素性がわからず、本当のところで分かり合えているとは感じられない人。だけど彼を追いかけたいの。そして彼女は事故に遭い…うん、死んじゃったんだね。そして幽霊になって…と思ったら、今度はまさかの小学生の女の子の目線へシフト。おいおいここからどんなふうにつなげるんだろう…?って思ってたら、同時期にルルと名付けた猫を追いかけて事故に遭った小学生・蛍が、いなくなってしまったルルをまた探し始めたところ、美月とアダムが時間を過ごした館へとたどり着き、記憶をなくした美月の霊と出会う…ここまでくると全然見方が変わってきますよね。なるほど、蛍たち仲良し小学生4人組で美月を成仏させるっていう話…?しかしここからさらに深まるんですよ。美月はどうやら蛍たちの生きている時代に生きていた人であること、そして美月は死んだのではなく重体の状態で生きているということ、そして彼女が求めるアダムがミュージシャンとして活躍した人であることがどんどん明らかになる。アダムの曲を聞かせりゃ記憶が戻って体に戻るとかいう話…でもないんです。実は、美月が訳も分からずアダムに恋い焦がれたのは、美月自体にも霊が憑依していたから…謎がふくらんでどんどんおもしろくなってくる。これは普通にミステリー小説みたいな状態ですよ。ここまできて、ようやくアダムが美月を求めたこと、美月がアダムを求めたこと、ルルを介して蛍とリンクしたことなど、謎が解けていくんですよね。うーんほんと後半になるまで全然わからないので、読んでて全然飽きないところが魅力ですね。アダムに合わせて、記憶をなくした美月をイヴと名付けるあたりも、できすぎている…
ちゃんとラブにミステリー
美月とアダムの恋の成就を見守るわけじゃないんですよ。アダムとさやかの死してなお愛しの人を探している、悲しいお話が背景にあったわけです。だって大好きだったんだものね。アダムがまたドラッグに染まってないかとか、どうして私は彼と会えていないんだろうかとか、肝心なところで記憶が途切れて、ただそこにいる。幽霊って、いるとしたらどんな気持ちなんでしょうね。みんながみんなそこにいるものなんでしょうか…オカルトには興味がなくてわかりませんが、物理的にいないものでも、確かにそこに想いが残っているっていう感覚は信じたいと思ってしまいます。
そして、美月は家族の愛、彼氏の愛を探していました。連れ子の自分は家には居場所がない。だからこそ、浮気者でも自分を愛してくれる知己(ともき)をよりどころにしていた。なのに、まさか親友の綾とも浮気をしていたなんて…今度こそ、自分には何もなくなった。そこにさやかがリンクして、同じくさまようアダムを好きになったんでしょうね…なんて複雑で、なんてせつないんでしょうか…一方の知己も、ちゃんと美月には惚れているってこと伝えきれてなくて、事故の目撃者になってしまい、自分を責めたり、後悔したり…いや、知己はだいぶ悪い人ですよ?でも、せつないよね惚れてた相手が目の前で事故に遭い、そしてずっと眠り続けている…美月だって、さやかなしだったら、知己しかいなかった。このすれ違いとすれ違いの組み合わせ。うますぎて衝撃受けますよ。
そして忘れてはならない、蛍と正輝の恋。そして正輝を好きにならないようにしなくちゃと思う沙絵の姿。小学生というピュアな生き物が、大人のいろんな事情に直面しながら、美月をもとの体へ返そうと奮闘する。その中で芽生える恋の気持ち…シリアスだけど、ちゃんとかわいい。
愛はちゃんとそこに
美月の家もね、ちゃんと愛があったと信じたいです。どっかで壁を作ってしまって、歩み寄れなかった。美月自身も、後妻さんも、妹も、そしてお父さんもね。そこにいるだけで、話をしないのなら、本当にそこに存在しているんだろうか…そう思ってしまっても仕方ない。家族になるっていうことは、血のつながりとかだけでは語れないものがあるんだと思うんですよね。楽しく過ごすことも、ケンカすることも、家出をすることも、いろいろあってきっと当たり前で、それでも戻ってこれる場所が家族の場所。だけど無条件ってわけでもない。お互いがお互いを大事にできるかどうか。これが条件だなって思います。
ていうか、狂わせるのはいつも誰かの欲望だなと思ってしまいますよ。このお話の中では、美月のお父さん、知己、美月に関わる人がとにかく浮気者。なんてひどいんだろうね。お母さんが病気で死んじゃって、お父さんは一人になった。それをいいことに新しいお母さんと結婚して、妹もできて…血のつながらない私の居場所はどこなの?って子どもが考えるの、当たり前じゃないか。そこを歩み寄る、相手のことをおもいやる、これができてたら、きっとこんなに回り道することなかったのにね。
だから、知己が昏睡状態の美月を見舞っていつも病院へ行っていたこと、これほど嬉しいなと思うことはありませんでした。確かに、蛍と知己が花屋ですれ違った時点で、こりゃ美月は生きてるんだなとはおもいましたけどね。だけど、美月を見てくれる人、ちゃんといてくれたよ?それが読み進めていくと、ホロリとするんですよ。序盤じゃ全然なんですけど、蛍たちのがんばりとか、さやかとアダムの悲しき愛を見て、美月が報われてくれたことが心から喜べるというか。幸せになってもらいたいなーって思えますよね。
妖艶さとミステリアス感が出るイラスト
矢沢あいさんの作品は、とにかく絵がきれい。女の人が美しく、繊細で、悲しみとかせつなさがストレートにきますね。下弦の月では泣き顔がちょっと怖くて美しい。こっちへ来てほしいと誘うアダムが妖しい感じと、美しい感じ、そしてミステリアスな雰囲気、全部醸し出してるので、読者も誘われてしまいそうな、そんなイラストです。幽霊がテーマだと、どこかファンタジーに偏ってしまって、ありえないでしょっていう世界になってしまうことが多いように思いますが、下弦の月では何となくあったらいいなって思えるんですよね。
短くまとめてくれて助かった
矢沢さんの作品にしては短い3巻。コンパクトに、優しく仕上げてくれたなーって思います。謎がテンポよくどんどん深まっていくので、ちょっとごちゃっとした感も否めませんが、大人が読む分にはそうでもありません。むしろ裏切りの連続が楽しくてしょうがない感じです。こんな物語がりぼんに掲載されたんですか…?ってちょっと思っちゃいますけどね。りぼん読者の子たちが理解するのはけっこう難しいと思います。よく掲載できましたね~…
最終的に、不思議な物語は小学生4人組の秘密。それがこの物語。夢だったようにも思える、本当のお話。これを通して正輝が深い人間になってくれて、よかったですね。これから成長して、イケメンのモテ人生が待っていることでしょう…蛍と沙絵のピュアな友情も素敵でした。汚れ知らずで。この物語の中では唯一揺るがないものというか。美月主人公だと思って読み始めたのに、蛍でしたからね。展開がおもしろいし、コンパクトにまとまっているので、男女問わず読めると思います。一気に読んだわりに後味もすっきりです。
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