永遠の名作青春マンガ
高校の頃の思い出と共に
あの頃は本当によく色んなマンガが回し読みされていた。授業中に読んでいるのを見つかると最悪没収されてしまうのだけど、そのリスクを犯してでも続きが読みたくてしょうがなかった。そして当時回ってきていたマンガのひとつがこれだった。「出直しといで」は若干ストーリーに癖がありすぎ「冬物語」は当時の私にとっては大人っぽすぎたが、この「ツルモク独身寮」はツボにはまり何度も読んだ。登場人物の年齢が様々な年齢に幅広く設定されているため、読む時読む時の年齢に近い人物の気持ちに感情移入していく。高校のときには主人公の正太の目線で読んだものだが、40を超えた今ではもしかしたら正太の父親の目線から見てしまっているのかもしれない。それだけ幅の広い年齢層で楽しめるストーリー展開になっている。そして私もそれぐらい長い間に渡り何度も読み直している。
登場人物それぞれのストーリー性の高さ
このマンガに登場する主要な人物は表紙を飾る5人だけど、それぞれに深いストーリーがある。決して脇役でなく、5人が5人とも主人公とも思わせる展開は「同級生」や「東京ラブストーリー」あたりもそうだったが、この時代はそういう展開のものが多かったように思う(そういえば両方柴門ふみだが意図はない)。正太とみゆきは後で言うとして、田畑さんはあんな容姿だけど時折見せる頼もしさは好感がもてるし、強烈な容姿をもつ白鳥沢レイ子はその容姿とはうらはらに、女らしい可愛らしさも併せ持つ。ストーリーが決して容姿だけでウケを狙ってないところが心憎い。(余談だけど、初登場のレイ子は本当にひどかった。それがだんだんデフォルメされてきてそれなりになってきたとも言える。)ハンサムキャラの杉本京介はナンパを誇っているのに実は女性を顔だけでみていないという本当の男を感じさせる。それだけ登場人物の個性がきちんと作りこまれ確立しているところが、このマンガの魅力のひとつだとも言える。
悪人がいない故に目立つ正太の優柔不断さ
登場当初は問題を起こしがちだった矢崎コージでさえ、話し合えば(この場合は拳同士のケンカだったけど)青春シェイクハンド(!)を経て男同士の友情を見せている。ナンパを誇る杉本京介も、実は女の涙に弱い優しい男だったりするし…。(西川とかマミちゃんもいたけど、あれはそれぞれあのストーリーを引き出すための必要悪とみなしておく。)一番悪いのは優しすぎる故の優柔不断さをみせる正太なのかもしれない。本来ならともみから正太を略奪してしまう結果になったみゆきさんでさえ、悪いとは思えない。それはみゆきさんは、当初ともみのことを気遣っていた頃はまだ正太のことが好きとは言えなかったからだろう。だってまだサトシのことが好きだったから。でも結婚を決めたサトシを諦めて新しい恋を探すと決心したときから、正太のことを真剣に好きになっていったのだと思う。そのあたりのみゆきさんの微妙な心の変化とそれに相応したみゆきさんの態度の描写がきちんとされており、彼女を嫌な女と思わせない作者の意図が垣間見える。そしてそういうみゆきさんだからこそ、ともみと友情に近いものを築けたのだと思う。
それに比べて正太のどっちつかずなところは、他に悪者がいないからこそよく目立つ。決して気が弱いわけではないのは、前述した矢崎コージとのケンカでもよくわかる。なのにこと女性に対しては八方美人的な振る舞いが多い(直ちゃんに対してが特に顕著だったように思う)。はっきりさせようと出会ったともみとはなぜか看病する羽目になってしまうし。このあたりはどうしても登場回数の少ないともみよりもみゆきさんに感情移入してしまっていて、正太の行動にいらいらしたりハラハラしたりさせられた。
最近読んで気づいたのは、ともみはプログラマーだったということ。今でこそ珍しくないけれど、あの当時女性がプログラマーとして働くのはそれほどメジャーでなかったと思う。そのあたり作者の先見の明だったりするのかもしれない。
窪之内英策の絵の魅力
またこのマンガのエンディングもいい。ハッピーエンディングにもっていこうと無理な展開をせず、そのままの流れで皆が皆ハッピーエンドに収まっている。その心地よさもこのマンガの魅力である。
このマンガはコメディタッチありシリアスありで様々な人間模様を描写している。そしてどんな展開でも穏やかな優しさを感じさせる。それは正太の優しさと同じ種類かもしれない。そうすると、もしかすると正太の性格は作者に似ていたりして。
このマンガの魅力は、作者窪之内英策の絵の書き込みぶりにもある。ストーリーに直接関係ないところで、コマ内で登場人物が小さくしゃべったり動いたりしているところは見ていると楽しい。またどんな細かい絵でも手を抜いたりせず、ちゃんと描かれているところも感嘆に値する(アシスタントにまかせたと思われる絵を描いてあるマンガは多いし、それに気づくのはあまりいい気分ではない)。こういうところで作者が絵を描くのが好きだということがよく伝わってくる。あと表紙のカバーを外すと4コマ漫画が描かれているのだけど、これに気づいたときはちょっと得した気分だった。
窪之内英策の描いたマンガは他に「ショコラ」を読んだ。優しげなタッチは変わらなかったけど、やはりこちらの方が数段上の面白さだと思う。昔はこういうマンガは珍しくなかったのに、今はこれレベルの作品にあたることは本当に難しい。つくづく1980~90年代はマンガの(映画も)黄金期だったんだなと思う。
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