意外に皮肉がこめられていたのかもしれないラスト
自由な国のはずの矛盾した部分
この映画を見た人の、多くは疑問に思ったと思う。なぜこんなにダンスがうまく、見る人を魅了できる最高のダンサーに、活躍の場が与えられないのだろうと。話せないという、足かせがあるとはいえ、才能があればなんでも許される実力主義で自由な国、アメリカなら、なんの問題ないように思える。が、自分たち日本人が思う以上に、アメリカには言葉を大事にし、自己主張することに重きを置いている一面もあるのだ。
言い負かせれば勝ちという訴訟の国の真髄
アメリカ人は、基本的に謝らない体質なのだという。自分が悪くて、そのことを自覚していても、絶対に謝らないらしい。というのも、自分が悪く、罪があっても、相手を言い負かせれば、罪を背負わなくてよく、勝ちだ思うような感覚をしているからだ。さすがは訴訟の国というか。犯罪を犯しても、裁判で勝てばいいと思っているし、実際、極悪人を無罪にできる腕を持つ弁護士がいる。ただ、逆に言えば、罪に問われるべきでない立場にいたとしても、主張が弱かったり、いい弁護士が付かなかったら、背負わなくてもいい、罪を押し付けられるのだ。
言い負かせられなければ、自分は負けるしかないというわけで、ただ、これでは、本質を見失っているように思える。ダンスにしろ、本来、ダンスの質が問われるべきであって、話せないことは、たしかに雇うか雇わないかの判断材料にはなるだろうが、決定打にはならない。自己主張を大事だと見るアメリカ形式では、ダンスはうまいけど自慢しない人、ダンスは下手だけど口ではうまいのだと言い張る人、その二人のうち後者のほうを好むということになる。馬鹿らしいし無駄なことだ。
第一に、彼女は話せないからこそ、誰にも踊れないダンスができる。声に出せない気持ちをすべて、ダンスにぶつけて表現するから、見るほうは心揺さぶられるのだと思う。話せたら、気持ちを伝える手段として言葉を用いればいいと思い、心を込めて踊る必要や切実さは感じなくなるだろう。だから、まともに話せる以上は、誰にも彼女のダンスには叶わないのだ。そう考えると、話せないことはハンディキャップではなく、天から与えられた特別な恩恵のように思えないだろか。
言葉や声がないと理解できないかわいそうな人々
なのに、なぜ、彼女のダンスを目の当たりにしても、理解できない人がいるのか。言葉や声でやりとりできないことが、なぜそんなに嫌なのか。言い負かされなければ、勝ちと思う文化のせいだろう。言葉や声でやりとりできない彼女を、言い負かせることはできない。彼女に圧倒的な力と魅力を全身空噴き出すようにされ迫ってこられたら、おそらく比べて自分の無力さだとかちっぽけさを思い知らされる。そして、怒鳴り声や恫喝するような声をだしたり、言葉を使って相手を貶め打ちのめすなどして、いつもなら言い負かすことができるところ、話せない相手では、地蔵を降参させるようなもので、勝負にならないし、自分が惨めになるだけだし、屈するしかない。そうやって絶対に屈したくはないのだ。だから、言葉や声で屈服させられない相手を、自分のいる土俵にあがらせない。屈するか、屈服させるかでしか人を見ないのでは、全身全霊をかけたダンスに素直に感動ができないのも当然で、そう考えると、かわいそうな人だと思う。
この世のものとは思えない、すばらしい芸術を見せてもらい、ありがたいことだと、屈するのが自然なことで、拒絶するのは、それこそ天に逆らうようなもので、罪深いことだ。兄が必要以上に、妹の間に入って怒っていたのも、ときに足をひっぱるような真似をしながらも怒りをおさえられなかったのも、だから単に妹を思い、贔屓目で見ていたからではないのだろう。ダンスを見て感動する、ストリートで踊ったときに拍手を送った人々のように、そんな簡単なことができない、人の愚かさが信じられなかったからにちがいない。
映画のなかでは、声以外に、筋肉の動きを音に変えて、意思や気持ちを表せる装置がでてくる。今までできなかった、思いを音として伝えることができて、彼女は感動するが、本来は必要のないものだと思う。ただ、言い負かすことができないのなら、屈してやらないと思っているバカな人間を、思い知らせるには必要たっだのだろう。そう思って見るせいか、最後のシーンは感動的のようで、きらびやかな場所で、着飾った人が干渉している様子は、なんだか滑稽だ。ストリートで踊る彼女を前にして、町行く人は、何気なく足を止め、当たり前のように歓声をあげ拍手ができるのに、ここまでお膳立てしないと、彼らは、拍手してやってもいいと思うことができない。監督がそういう皮肉をこめて、変な装置の設定をしたり、最後のシーンを撮ったのかは分からないが、このときのダンスより、兄の叩くリズムに合わせて、踊っていた彼女のほうが生き生きとして、輝いているように見えたものだった。
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