もの言わぬ主人公のグルメ漫画
あくまで庶民の主人公の魅力
主人公の井之頭 五郎はほぼいつも一人で食事をしている。その際、たとえおいしくても大げさなセリフなど一切なく心の中で「おぉ!」といったりするくらいで、食材に対して説明もないし、その様子が例えようもなくリアルで感情移入できる。また、食材のバランスに気をつけているつもりが豚がかぶってしまったり、じゃがいもがかぶってしまったり。あとおなかがすき過ぎて何を食べるかと悩んでいる時(この描写がよくある)、ブラジリアがもうつぶれてしまっていて仕方なくステーキを食べたところ。おいしいんだけど、ハヤシライスの口になってた自分にしたら、なんか違う…感がありありと伝わってきて、わかるわかる!と思ったりするのがとても楽しい。また食べるものも決して手が届かないものを食べるのではなく、普通のめし屋さんとか洋食屋さんとか。そういうのもいい。おいしそうな表現が身近なものであるほど、おなかがすくものはない。そして古武術を嗜んでいて体格もいい彼は実に良くおいしそうに食べる。変に薀蓄を語られるグルメ漫画よりも、個人的には好きだ。
さきほど言ったように五郎が立ち寄る店は、庶民的な店ばかりだ。デパートの屋上のうどんなんてのもある。グルメを気取るわけでもなく気持ちよさそうに食事をするところは、ただ食べてるだけでなんにもないのに情緒さえ感じたりする。
グルメ漫画「美味しんぼ」は、これとはまた違ったよさは確かにある。食材や料理法に対する深い知識、食文化への理解、歴史に至るまで、事細かに展開してくれる。しかし、食べた感想や(「しゃっきりぽん」はどうかと思う)、時に出る高級すぎる食材や料理法、そのあたりになるとどうしても悲しいかな、想像が追いつかない。また「優等生」的発言も多く、なかなかストーリーに入り込めないところも多い。それに比べて、五郎の食べるものや感じ方はまさに庶民のそれで、感情移入もしやすい。
だいたい普通の人は、食べた感想をそこほど上手に説明できないし。このマンガのそういうところも、リアリティがあって好きだ。
「想像しやすいおいしさ」である魅力
自然食品の店のくだりは、個人的には自分のことを描かれたのかと思うくらい、似たような経験がある。もともとああいった「意識高い系」の店は苦手なのだけど、なんとなく気が向いていったことがある。確かにお箸が割り橋でなかった。そして五郎のように「うへーっ」と思ったわけでなかったけれど、出てきた玄米のおいしさにびっくりしたことがある。この話ではほうれん草の自然の青くささだったけれど、それも想像しやすい。それも、それをかみ締めるときの擬音が素晴らしい。「道端の草を食っているよう」にもかかわらず、たまらなくおいしそうで、好きな話だ。
シューマイの話もいい。新幹線であれはかなりあせると思う。しかも予想していなかったことだし。絶対おいしいに決まっているのに、思いがけないハプニングで急いで食べないといけないジレンマ。おいしいのに味わえないことほど残念なことはない。けれど、途中から意外に落ち着いているのが彼らしい。いつどんな時でも食事と誠実に向き合っている彼ならではでないだろうか。
五郎がいつでも食事を楽しみにしているのが良くわかるのが、夜食をコンビニで買ってくるとこだろう。ここでカップラーメンを選択しないのがまずすごいと思う。それで終わらせずに、お惣菜、コンビーフ、おでん、魚肉ソーセージ、冷奴…。楽しすぎる。「バランスいいぞ」などと言いながら結局おでんの卵とお惣菜の出し巻きなどがかぶってしまうのも、小市民ぽくてよい。
食べるときに大切なこと
人間は基本的には一日3食、少なくとも最低1食は食事をとらないといけない。3食とすると、365日×3で実に1095食である。何を食べるかは置いておいて、それだけ食事をしないといけないなら、楽しむほうが絶対に人生得だと思う。食に興味ないという人もいるしそれは本人の自由だけど、やはり一食一食を大事にして、なに食べよう!って考えるほうが人生の彩りが豊かになるのではないだろうか。私が「孤独のグルメ」を気に入っている理由のひとつは、食べることを大事にしていることを感じられるというのもあるけど、もうひとつはいつも一人で食事をするということ。多分タイトルの「孤独」というのはそれだけを意味しているわけではないだろうけど(感動を外に出さず、自分の内だけ収めているという意味もあるように思う)、食事と一人で向き合って味わって食べるというのは、人として大事なことだと思う。なにも食材に感謝とか、作ってくれた人に感謝という大げさなものでなく、静かに向き合うということが必要なような気がする。大人数で騒いで食べるのも楽しいけれど、やはり一人の食事というのは大切にしたい。
「モノを食べる時にはね、誰にも邪魔されず自由で なんというか救われてなきゃあダメなんだ 一人で静かで豊かで…」井の頭五郎の名言でこれがある。これが全て物語っているだろう。
でも最後にひとつだけ物申したいところがある。それは五郎がまったくの下戸であること。お酒が飲める設定だと指定のページ数に収まらないからだと作者は言っていたけど、ここはお酒飲めて欲しかったと思う。お酒と一緒に食べることでおいしさが広がるものもあるし、その良さもぜひこのマンガで語って欲しかったところである。
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