ハードボイルド食べ歩き漫画
気ままに食べるという孤高の行為
深夜にドラマ化したことで人気が過熱した『孤独のドラマ』。その原作である漫画本は、意外にも二巻までしか刊行されていない。
輸入商を営む個人経営者・井之頭五郎が、仕事のついでにご飯を食べる、というのがメインのストーリーだが、ドラマ版と違い漫画版では五郎の仕事のシーンはあまり取り上げられない。
店を見つけ、食事を頼み、ちょっと微妙な親父ギャグを交えながら黙々と食事をとる。そんな調子で終始終わっていく。一話につき8ページで終わってしまうため、それぐらいがちょうどいいのかもしれない。
読後もあっさりしていて、まさしく編集部・原作者が狙っていたようにハードボイルドなテイストに仕上がっている。
人気のドラマとは、少し別物
ドラマ化で一気にその名を知らしめた『孤独のグルメ』であるが、ドラマと漫画では内容が大きく異なる。
まず、ドラマの井之頭五郎は基本的にハズレの店に行くことはないが、漫画は店選び・料理選びに失敗することも多い。漫画の井之頭五郎は店の味や店主の態度に失望することも多々あり、ドラマの”美味しいものを食べることによって遠まわしにお店の紹介をする”というスタンスとは根本的に異なる。どちらかといえば漫画は五郎がいかに美味しいものを見つけるかというより、五郎がいかに納得できる食事を取れるかに重きを置かれているという訳だ。
故に、ドラマが好きだったり、作中で紹介される美味しいお店を知りたいという目的で漫画にも手を伸ばすと、少々がっかりすることになるかもしれない。
また、ドラマで井之頭五郎を演じた松重聡と漫画版の井之頭五郎とでは、設定年齢がだいぶ違うようにも見える。これははっきりと井之頭五郎の年齢が明言されていないので確かなことはいえないのだが、漫画版の井之頭五郎はせいぜい30代、ドラマ版は40代ぐらいだろうと思われる。それが作中の五郎の性格や方向性にも、若干の影響を与えている。
このように、作品のテーマも主人公のキャラクターも大きく違うため、片方を見たのでもう片方を観ようとしている人は、漫画とドラマの違いを留意しておくといいかもしれない。
そういうのもあるのか。『孤独のグルメ』の楽しみ方
以降は、ドラマ漫画共通しての『孤独のグルメ』の魅力について語ろうと思う。
ドラマと漫画では若干テイストが違うとはいえ、やはり『孤独のグルメ』の見どころは井之頭五郎が食事を選び、食べる風景だ。
井之頭五郎は甘いものが好きで下戸だが、それ以外はなんでも食べる。漫画は安食堂で食べることがやや多く、ドラマはエスニック料理を食べることが多いという違いはあるか。
いずれにしても、読者は井之頭五郎がどういった経緯で店を選び、数あるメニューのなかから料理を選択し、それがどこまで美味しいものなのか興味深々になる。
井之頭五郎は店はぱっと決めることが多いが、メニューを選ぶときは大変慎重になる。組み合わせや、量を大変気にするのだ。豚肉を食いたいと思っていて豚のメイン料理を頼んだと思えば、サイドメニューにも豚が入っていて「失敗した」と思うことも多々あり、そのたびに読者は「あるある」と思わず共感してしまうのだ。
注文をした井之頭五郎は、一人で料理を待つ。一人であるが故に、料理を待っている間、常連客のやり取りを何気なく耳に挟む。そのやり取りもまた必見だ。常連客の多くはとりとめのない世間話に興じているが、なかには常連だけが知る裏メニューを頼む人がいたりして、そのたびに五郎は「そういうのもあるのか」と感心するのである。場合によっては、五郎は慌てて裏メニューを追加注文したりもする。
さて、いざ料理が運ばれてくると、五郎はひたすらに食事に集中する。聞き覚えがあるわかりやすい比喩を多用し、味についてひたすら頭のなかで感想を述べていく。時折挿入されるしょうもない親父ギャグも、いい味を出している(ちなみに、親父ギャグの頻度はドラマのほうが明らかに多い)。
井之頭五郎が美味しそうにもくもくと食べる姿を見ていると、読者もその料理が無性に食べたくなる。
他の料理漫画では過剰に表現されがちな「美味」や「産地」も、『孤独のグルメ』には無用のものだ。
『孤独のグルメ』が評価される理由も、そこにある。美食家や食通といった、グルメ漫画には必要な要素を排除し、徹底的に個人の満足のみに重点を置く。近年”ひとりメシ”や”ひとり酒”がメディアで取り上げられるのも、それだけ需要があることに他ならない。
日本はこれからますます単身世帯が増え、男性女性の境なく一人で食事をとる人が増えていくだろう。今では揶揄されがちな一人焼肉や一人回転寿司も、10年後の未来では当たり前のことになっているかもしれない。
一人メシの金字塔である『孤独のグルメ』は、社会のニーズに応え、ドラマと共に末永く愛される作品になることだろう。
現在漫画の連載は終わってしまっているが、復刻連載もありえる…かもしれない。
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