普遍的なテーマ「罪と救い」の物語
正義の味方に突きつけられる残酷な人間のサガ
トライガン、及びその続編であるトライガンマキシマムは1995年から2007年に渡って綴られた物語です。最早連載終了から10年近く経過しますが、それでもこの漫画の魅力は色あせていません。人間における普遍的な命題を扱っているためそうそう廃れるような作品では無いのです。
主人公ヴァッシュが敵のナイブズが対決するという点を主軸にあらゆる人間ドラマが展開されます。荒廃した世界に蔓延る悪意がきっかけであったり、ナイブズの刺客によるものであったり、きっかけは様々です。通常の物語であれば事件を正義が解決し、悪党は倒されて終わるものですがトライガンの世界では異なります。単純な勧善懲悪ではなく、苦しい決断や後悔に塗れつつ一筋の希望が見えるような、そんな解決の仕方をするのです。
ある町で対立関係にある2つの組織がありました。物語は片方の組織の娘が殺されたところから始まります。娘を殺された側は、敵対組織の息子を人質にとり立てこもりました。そこへヴァッシュが現れ颯爽と立てこもり犯を追い詰めるのですが、そこで残酷な事実を突きつけられるのです。立てこもり犯は殺された娘の父親で、人質にしている男は娘をレイプしつつなぶり殺した人殺しなのでした。最低な人間にも救う価値はあるのかどうか、ヴァッシュに究極の選択が迫られます。
結果、ヴァッシュは人質になっている男を救いました。人が死ぬのは悪いこと、という大原則に従ったのです。娘の父親も結局人質を殺すことはできず、人質の男は娘の父親に叩きのめされて弱弱しく父親を呼ぶのみでした。「この事件において死者を1人も出さずに済んだ」というのが唯一の救いで、それはヴァッシュが活躍したからに他ありません。もし治安部隊が強硬手段に出ればさらなる悲劇が待っていたでしょう。
時代劇に似た構造
トライガンの物語は時代劇に良く似ています。といっても必殺仕事人のような勧善懲悪や鬼平犯科帳にみられる綺麗な作品ではありません。トライガンはどちらかというと座頭市や木枯らし紋次郎といった泥臭く残酷な時代劇です。これらの泥臭い時代劇の主人公は決して救われない状況に身を投じ、悪人を倒していきます。そして多くの結末は苦いもので、救われるべき命が落とされる話となっているのです。
彼ら時代劇のヒーローがなぜ救いきれないかというと、それは技術に限りがあるからです。人間である以上、できないこともあります。トライガンの世界でもヴァッシュの力には限りがあります。それでも死に物狂いで限界を突破し、泥臭く悲劇を乗り越えていくのです。超人的な正義の味方の物語と残酷な時代劇の苦い物語には深いところで繋がりがあるのかもしれません。
贖罪が救いに変わるとき
ヴァッシュは原罪とでも言うべきものを背負っています。それはジュライという大きな街を壊滅させ住人を皆殺しにしてしまったという罪です。正確にはナイブズがヴァッシュの力を暴走させたために引き起こされたものですが、街の友人や知り合いを全て殺してしまった事は拭いきれない心の傷となりました。そのため善行を積まなければ生きていられないのです。
しばしば作品中ではヴァッシュが正義の味方のように全ての人を救おうと行動しているのを見ることができます。もちろんそれを漫画の主人公性としてみることもできますが、実はジュライを壊滅させた贖罪としての行動なのかもしれません。そうしてみるとヴァッシュの正義というのは病に近いもので、正常な心理状態では無いことが分かります。
ヴァッシュを善行に追い込んでいる理由は他にもあります。始めて遭った優しい人間の女性「レム」の存在です。レムはヴァッシュに人間の優しさや愛を教えてくれました。「レム」という「人間を肯定する理由」が常にヴァッシュの奥底に眠っているのです。それは言い換えれば呪いと言うこともできるかもしれません。
ヴァッシュは罪をあがない、人間を肯定しなければならないという呪いによって正義を為し、様々な不条理を体験します。ですがその先にあるものは決して悲劇だけではありません。結果的に救われる人々や未来に繋がる希望を見出すこともあれば、新しい仲間を得る事もあります。そしてそれは贖罪や呪いといったものを肯定し、救いや愛となってヴァッシュに帰ってくるのです。この物語は罪が救われる過程を描いているとも言えます。
物語の終盤でヴァッシュはナイブズをやがて打ち倒します。人間に対する憎しみに囚われていたナイブズも最後の最後にやっと救われる場面は、ナイブズ自身も苦しかった証なのかもしれません。救いきれない魂が最後に見せる様は唯一無二の輝きとなります。
トライガンはヴァッシュの笑顔で幕を降ろします。人間の抱える問題は解決不可能で、それを受け入れつつどうしようもないサガを肯定するヴァッシュの笑顔は生きることの素晴らしさを教えてくれます。罪と救いの最後にはやっぱり笑顔が似合うのです。
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