ファッションに対するひたむきな愛 - ビル・カニンガム&ニューヨークの感想

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ファッションに対するひたむきな愛

4.24.2
映像
4.5
脚本
4.0
キャスト
4.5
音楽
4.0
演出
4.0

目次

写真家の「観察する人生」は興味深い

普段、写真集を熱心に見るような写真好きでもないのに、ドキュメンタリーでは好んで写真家を取り上げたものを見ます。それは多分、彼らの「観察する生き様」に興味があるからだと思います。

写真家と被写体の関係性というのは、フェアでもフラットでもありません。写真家は自分自身の存在は消して、対象を一方的に好きなだけ眺め回し、一方的に対象をジャッジし好きなように切り取る。撮られる側はある意味丸腰である。それは、いびつで傲慢さをはらんだ、特殊なコミュニケーションの形であると言えます。

しかし、逆説的ではありますが、それだからこそ、写真家の人間性というのは抜き去りがたく彼らの写真に反映するのだと思っています。パパラッチのような、自分の身を隠して、相手の撮られたくないものを盗み撮るような人には、決してろくな写真は撮れないのであって、写真家という存在のありように対して、どこか恥じ入る気持ちや、被写体に対する愛や尊敬、畏怖といった気持ちを持つ謙虚さは、優れた審美眼と同じくらいに大切なものなのではないかという気がします。

果たしてビル・カニンガムという写真家は、ファッションに対する愛に溢れ、権力やお金や有名人には目もくれず、確固たる審美眼だけを頼りに仕事をする、非常にまっすぐでピュアで、愛すべき年老いた写真家でありました。写真家という以上に、彼のにこにこと非常に楽しそうに仕事をする様子、70代と思えぬ生き生きとした軽やかさは、そうそうお目にかかれるものではなく、純粋にびっくりさせられました。

愛すべき過剰な人

ですが、彼は多分ちょっと特殊な人です。彼の老人離れしたフットワークの良さは、むしろわなわな系というか、多動的だし、50年以上に渡る、ニューヨーカーのストリートファッションという限定されたもの「だけ」に熱中し続ける情熱や、この分野における異常なまでの記憶力とこだわりは、アスペルガー的な過剰さを思わせます。一貫してひとりきりで生きて来て、一見非常にフレンドリーだけれど、誰とも親しく付き合うことはなく、人生で恋愛も一度もしたことがないのだとビルは作品の中で告白しています。

もちろん、特定の分野に非常に秀でた人が、アスペルガーなどのある種の個性を持っていることは珍しいことでもなんでもなくって、だからどうということでは全然ないのですけれど、映画を見て、彼の明るいチャーミングさや、無欲さや、自分を貫く潔さに単純に憧れるのはあまりに短絡的なことで、彼は彼なりの深い業を抱え、彼なりの切実さを抱えて人生をサバイブし、その蓄積の上に今目の前に見えているものがあるのだと思うということです。

そして、彼が彼にぴったりの、生涯をかけて情熱を捧げられるこの上ない仕事を見つけ、その仕事が大きな価値を持ち、多くの人が彼の仕事と人柄を愛したということはとても豊かなことだし、様々な個性を寛大に受け入れるニューヨークという街の懐の深さは素晴らしいなと思います。

また、彼はいつもにこにことして一見イージーゴーイングに見えるのですけど、実際は過剰なまでにストイックなプロフェッショナルです。

彼が出版社から小切手を受け取らないのは、ひとえに「自分のこだわるままに、誰にも指図されずに好きなようにやるため」だし、いつもにこにこと愛想がいいのは、いつなんどきやってくるかも知れぬシャッターチャンスに備えて、被写体に警戒されずいい写真を撮るためだとも言える。本当に彼が素敵と思う写真を撮ることにだけしか興味が無いから、有名人かそうでないかなんて関係がない。どこのファッションショーもパーティーも顔パスで入れるものの、それに付随する何の恩恵も受けない。水一杯飲まない。それは、むしろ頑迷なまでの厳しさとある種の狭量さのなせる技なのだと思います。

だから彼の、人間のどろどろした部分がすとーんと欠落している素晴らしい資質は、彼にとっての恵みであると同時に、コントロール不能な呪いでもあるという側面があります。その背反性は、きっと人間誰しも誰しもが抱えるものなのですが、ビルは個性が極まっているゆえに、それが非常に際立って感じられるのだと思います。

きれいに着飾った女性を見ているのが好き。それが全てだ

私たちは、なぜビルと違って、どろどろしたしがらみの中をもがくようにしてしか、生きられないのか。ビルの生き方を通して、幾つかのヒントが見えてきます。

ひとつには、お金に首根っこを押さえられていないということ。資本主義から自由だということ。

また、作中カーネギーホールの上にあるアパートメントに住むビルの住まいの立ち退き騒動が取り上げられているのですが、多くの人が権利を主張し、その人の歴史や意義、大切さを語り、住まいを取り上げないでと懇願するのですが、ビル自身はどこ吹く風。全くのれんに腕押しといった風情なのです。

ビルは、身銭を切って自分なりの工夫を凝らして着飾った女性が何よりも好き。それは彼にとっての「文明」の象徴。そして、多分、ビルはそれ以外のものは基本なんにも好きじゃない。どうでもいい、興味もないし、わずらわされたくない。

人間に「好き」という感情がある限り、戦争はなくならない。動物には「好き」はないでしょう?と言ったのはタモリでしたが、ビルはファッションを除いては、むしろ動物に近いのかもしれない。

いずれにしても、純粋にただただ「そのファッションは素敵か」ということだけをニューヨーカーに問いつづけ、有名でも高価でも、素敵でなければ見向きもしなかったビルが、カメラを抱えて50年間、ニューヨークの街角で「パトロール」していたことが、ニューヨーカーのファッションに対する意識にどれだけ貢献していたことか、計り知れないくらいです。

2016年6月に亡くなったとのこと、死ぬまで現役で、脳卒中で倒れた2日後に天国へ。87歳、あっぱれなぴんぴんころりぶり。ご冥福をお祈りします。

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