シャイニングの真価が問われる
キングはモダン・ホラーか
キングの作品に最初に出会ったのは「ダーク・ハーフ」だった。紡がれる言葉の巧みさと、畳みかける物語の強さに引き込まれ、あっという間にとりこになってしまった。ダーク・ハーフは、作家が生み出したキャラクターの痕跡が、現実のあちこちで見つかるという非現実的なストーリーだが、それがすさまじいリアリティをもって感じられ、鳥肌が立つほど怖かった。
キングはモダンホラーと分類されているが、この「ありえない現象を書いても荒唐無稽でなく、日常的とさえ感じてしまう」実力は、SFといってもいいのではないかと私は思う。
ドクター・スリープにたどりつくまで
以来、キングの本を片っ端から読みあさった。IT、ミザリー、キャリー、ローズ・マダー、図書館警察、ゴールデンボーイ…そして、シャイニング。本作の先行作品であるシャイニングは、やはりキングの素晴らしい描写力で、背筋が凍るほど怖い思いをした。
しかし、映画化されたものを見たら、(本作のドクター・スリープの)パパがガンガン壊して、ママがギャーギャー叫ぶだけの見事なB級ホラーになってしまっていた。ちなみに、キングも映画に満足しなかったようで、後に自身が製作に関わって映画を作り直している。
その続編なので、最初は食指が動かなかったが…原作ではホラー面だけでなく、パパが取り込まれていく過程も、あらがう優しさも、立ち直りを信じるママの気持ちも、そして何より、パパに恐怖しながらパパを憎めず、救いたいと思ったダンの強さもかかれていた。これらの要素が圧倒的で、ダンのシャイニングは(明らかに異能なのに)浮き出た存在として印象に残ってはいなかったほどだ。やはりキングならではの力で、作品全体に溶け込んでいた。
しかし異能であることに間違いはなく、他の作家だったら超能力扱い(それが悪いということではないが、その能力のみにことさら焦点をあてた書き方を)していたであろう要素であるから、このシャイニングをもったダンのその後が読みたくなった。
他作品とのかかわり
あれほどの恐怖から助かったダンが、ママとささやかながらも幸せな生活を過ごし、立ち戻ってきたオーバールックの亡霊に脅かされながらもディックという師に導かれて、シャイニングを読みながらダンと一緒に恐怖を味わった私は安心した。
が、ダンはアルコールに溺れてしまう。アルコールにせよ過食にせよ、何かに依存してしまう人間の心理をキングは実に見事に言語化する。
そのダンが、かけがえのないスポンサーに出会い、一歩一歩断酒を積み重ねていくきっかけとなり、同時にずっと乗り越えられない罪の意識でもあったディーニーとの一件は、図書館警察でいえばが本を延滞した幼い頃の記憶であり、シャイニングで言えばジョンのひき逃げの記憶といえる。
ダンのその後の人生の話かと思ったら、「アブラ」「真結族」という全く新しい要素が出てくるので、ただの続編ではないとワクワクしてくる。
ハリウッド映画でも日本の漫画でも、対決モノものは大概、悪が最強にパワーアップしてから、主人公一人で対決するものだが、そうではなく真結族が麻疹で弱っていくというのも心憎い。主人公以外は「真結族にやられたその他大勢の子供達」ではなく、一人一人に重みがあると示しているかのようだ。
麻疹に加え、アブラの桁外れなシャイニングで真結族を弱体化させていく過程で、ときどき不安を感じさせるのは、ところどころに顔を出すアブラの不敵さだ。中でも「怒りによる笑顔」など、どのような顔なのか想像もつかないし、だからこそ見てみたいとも思う。この調子でいくと、図書館警察で勝利を収めながらアーデリアを宿してしまったナオミのように、あるいはローズ・マダーでDV夫を克服したものの、新しい家族に殺意を抱くようになってしまったローズ(この名前がローズ・ザ・ハットと同じなのは意味深)のように、アブラがローズを倒しても、アブラ自身が凶悪に変化してしまうのじゃないかと思った。
その予想は少し当たり、大方はずれた。凶悪さが表面化したものの、直接対峙はない。物足りないと言うこともできるが、直接対峙があったら余りにも今までの作品と要素が重なりすぎとも言える。
作者の他作品の要素がチョコチョコ出てくると、読者の読書欲をコチョコチョくすぐられてしまうが、それを知っている出版社の意向なのか、最近その手法を使う作品が多く、目につくようになるとやはり興ざめで、バランスの難しさを考えさせられた。
続編として従来の読者をさらにとりこにしつつ、独立した作品として新規の読者を満足させる…非常に高いハードルといえる。その点から考えると、ドクター・スリープという題名である以上、「シャイニングから成長したダン」だけでなく、ホスピスで働くダンの、シャイニングをもっているダンならではの、看取り場面をもう少し読みたかったと最後に思う。
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