「携帯電話がない時代」の青春を満喫できる
紡木たく作品の中で最もリリカルな作品
瞬きもせずの作者の紡木たくさんの作品と言えば、実写映画化された「ホットロード」がもっとも有名である。瞬きもせずにはホットロードのような個性的な暴走族のキャラクターなどは一切出てこず、本当にごくごく普通の、勉強もそこそこやり、部活が好きな高校生が主人公である。舞台は昭和60年代から平成初期、山口県。吹奏楽部の練習が聞こえる校舎や、運動部が外周を走る道路の様子なども細かく描かれ、その時代に高校生だった人が多く経験したであろう「校舎のにおい」や異性へのほのかな憧れが、絵から伝わってくるようである。平凡だからこそ共感できる、10代の青春を最もリリカルに表現している作品と言える。
携帯電話がない時代のすれ違いや家族の関わりが良い
瞬きもせずの舞台である、1990年前後というのは携帯電話が普及しておらず、ましてや未成年が携帯電話を持つなどはあり得ない世代だ。今はメールやLINEなどで簡単に愛の告白をし、やり取りも家族を介さず相手の都合も考えずに行われ、携帯にかじりついている子供も多い。しかしこの時代、この漫画の主人公の一人紺野芳弘がとった告白の方法は、事業中に手紙を回して階段の踊り場に好きな女子を呼び出し、口頭で、という方法。携帯よりもずっとスリリングでドキドキする、不便だからこその良さがある。
告白を受け、紺野と付き合うことになったもう一人の主人公小浜かよ子の自宅は大家族である。紺野からの電話を祖母が受けたものの、電話があったことをかよ子に伝え忘れ、すっかり嫌われたとしょげているかよ子は「電話があったのか」と、祖母の失態にホッとしつつがっくりしてしまうほほえましいシーンもある。昔は相手に電話ひとつするにも相手の家族の事情を気遣い、また言葉遣いなどにも気を付けたものだ。この作品は、便利になった今だからこそ、コミュニケーションのあり方を考えさせられ、古き良き時代を思わせる。
若さゆえの憧れと現実
紺野もかよ子も、若さゆえに何かができることを信じ、高校を卒業後東京に飛び出していく。しかし、かよ子は母の病気のため、紺野も入社した会社が思ったよりサッカーに力を入れてなかったことに絶望し、山口で再び生活をすることを選択する。しかし、二人が一時は離別を決意してまで東京に行ったことは間違っていたかというとそうではない。東京に一度は行って経験を積んだからこそ、自分が本当などう生きたいかを見つめなおすことができたのだ。大都会で生活しない自分達がとても小さい存在に思え、一度は大きな海に出てみた二人。しかし、そこで得た答えは、都会も田舎も関係ない。自分の心に素直に、日々一生懸命生きること、自分が納得できる人生を送ることが一番幸せなのだと気づいていく。平凡な高校生の人生の決断する過程が描かれたこの作品、自分を見失いがちな今だからこそ、胸に響く作品と言える。
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