美人三姉妹の悲劇 - 凍花の感想

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凍花

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文章力
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キャラクター
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美人三姉妹の悲劇

4.04.0
文章力
3.5
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
3.5
演出
4.0

目次

イヤミスの新旗手登場

本作は、小説家斉木香津のデビュー二作目にして代表作となった衝撃的な作品です。筆者のデビューはそこまで華々しいものではなく、デビュー作『千の花になって(文庫改題:踏んでもいい女)』は鳴かず飛ばず。本作『凍花』はたまたまラジオでSMAPの中居正広に紹介されたことで爆発的なヒットをしました。デビュー作の文庫化は本作を追いかける形で刊行されたということからしても、当時はそこまで期待されていたとも言い難い新人作家のひとりでした。

そんな斉木香津を一躍「イヤミス」作家として有名にしたのが本作です。

家族間の殺人

意外と知られていないことですが、現代日本において家族間殺人の割合は非常に多いのです。殺人事件自体は1950年代から減少を続けており、2009年以降は検挙数が1000件を下回るようになりました。しかし、親子、兄弟、夫婦などの家族間殺人の割合は年々増え続けており、2013年には実に5割を超える殺人が家族間で行われたというデータもあります。この数字から見ても、家族間の殺人は珍しいどころか、殺人事件が起きたらまず身内を疑えと言われても仕方がないほどなのです。

まず、子供が親を殺す場合、動機は様々あります。高齢化が進んだ近年では、介護疲れのため子供が親を殺したり心中したりするニュースをよく目にします。介護は体力的にも精神的にもストレスが多いのに、老人ホームや介護施設が足りず自宅介護を強いられるケースが多いというのがその原因でもあります。その他、「勉強しろとしつこく言われた」「働けと言われた」などの理由で親を殺すという事件も珍しくありません。

また、親が子供を殺すといった事例も多くあります。児童虐待相談の応対件数及び虐待による死亡事件件数は年々増え続け、1990年には1101件だったのが2014年には66701件と驚異的な増加を今も続けています(厚生労働省HPより)。核家族化が進み、祖父母や周囲のサポートが望めない状況での子育てに、早急に警鐘を鳴らす必要があるでしょう。

では、本作のように姉妹間、兄弟間での殺人にはどのようなものがあるのでしょう。

姉妹間、兄弟間の殺人

真っ先に思い出されるのは、まだ記憶に新しい2015年。東京都足立区で三姉妹の長女が二人の妹に殺害された事件ではないでしょうか。二人の容疑者は共謀して長女の首をナイフで刺し、更にベルトで首を絞め確実に殺害。遺書を偽造して自殺に見せかけようという計画性もみられました。動機については遺産相続トラブルとも言われていますが、もしかすると本作の三姉妹のように積もり積もった恨みがあったのかもしれません・・・。

本作の三姉妹は、しっかり者でスキのない美人キャリアウーマンの長女、派手で男にモテる次女、そしてそんな二人と比べて、とりたてて美人でもない平凡な三女という構成です。長女が次女を殺害し、その事件について三女の視点で描かれています。

「恵まれた家庭に育ち、仕事では才能を認められ、顔もスタイルもよく、まだ若い独身の女性がなぜ、かわいがっていた妹を殺さなければならなかったのか」(p8

この真実を知ろうと三女が長女の日記を読み、やがてどれほど長女が妹たちを疎んでいたのかを知ることになります。

事実と真実

ところで少し話はそれますが、裁判には必ず弁護士と検事がいます。検事は被告人の罪を暴こうとし、弁護士は被告人の罪が軽くなるように尽くします。検事が「殺意が明確にあった」といえば、弁護人は「殺意はなかった」と訴えます。嘘をついてはいけない裁判という場において、なぜ同じ事件について両者の意見はここまで正反対になるのか、考えたことがあるでしょうか。

私はいつも、「事実と真実は違う」と思っています。例えば、二人の人間がコップを見ているとします。一人は真上から見ているので「コップというのは円だよ」と言います。もう一人は側面からいているので、「コップというのは円柱だよ」と言います。どちらかが嘘をついているのかといえば、そんなことはありません。お互いに正しいことを言っているのに、意見が食い違ってしまうのです。これが、「事実と真実は違う」ということです。

事実として長女は、三女から見れば優しく完璧な姉でした。お気に入りの色の髪飾りを譲ってくれる。お腹が痛い時は真っ先に心配してくれる。エステを欠かさず美意識が高い理想の姉です。

ですが、真実は違います。長女は日記の中で三女を「チャバネ(ゴキブリ)」と呼び、赤色の髪飾りを奪われたことを死ぬほど恨んでいました。お腹が痛い三女を心配していたのではなく、時間がないから早くトイレに入りたいだけでした。完璧主義で周りの目が気になるあまり、アイロンのかかっていない服を着て外に出られないほど精神的に追い詰められていたのでした。

同じ「長女」を見ているのに、三女から見える「長女」と本人から見る「長女」にはここまで開きがあるのかと驚かされたのは私だけではないはずです。この描写が実に見事で、生々しい悪意を気持ちの悪いほど感じられます。誰だって他人の日記やメールを盗み読むことは悪いことだと知っていますし、それをする時の罪悪感はかなりのものです。この作品を読むと、長女が長年隠しておきたかった内奥を襞の襞まで無断で見ているような気がして、読み進めるのにひどい罪悪感を覚えます。これこそが本作の魅力であり、醍醐味であると言えるでしょう。

本作を読んで家族間での殺人に興味を持たれた方は、小説であれば江上剛『慟哭の家』、東野圭吾『赤い指』。ノンフィクションであれば押川剛『「子供を殺してください」という親たち』、を読んでみてはいかがでしょうか。なぜ親を殺すのか、子供を殺すのか。その深い深い闇の一端を垣間見れるかもしれません。

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