お葬式のリアルなドタバタから、人間らしさが見えてくる
お葬式のどたばた、経験者ならすべてうなずける!
そういえば、我が家のじいちゃんが亡くなったときも、死を悲しんでいる暇はないほど、次から次へととにかく忙しくて、不思議な3日間だったと思い出されました。どんな通夜、どんな告別式にするのかの方針決めから始まって、それが決まれば、その路線に沿って、細かい打ち合わせ・段取り・本番が延々続く感じなのです。親戚のもの、友人関係、会社関係、ご近所関係、それぞれに適した対応を考えていく、それにつきまとうのが費用面、ひとつひとつ金額があがってくる、急に現実の冷めた頭になる・・・うわぁ~という波に流されて、一連のイベントが終わるのを待つだけ状態に追い込まれてしまうのです。そうした3日間が、実にリアルに、ユニークに描かれているのが、伊丹十三監督の「お葬式」です。
「死」をあつかっているのになぜか滑稽なシーンが満載!
おじいさんが急死して、お通夜、告別式が行われるという内容なのに、あまりにばかばかしくて、笑える場面が実に多いのです。例えば、亡くなった老人の兄にあたる正吉(大滝秀治)が死体に眼鏡をかけてやるシーン、「この方がよく見えるじゃろう」と亡き弟への真面目な思いやりからとる行動なのですが、それはないでしょうと笑えてくる。それから亡くなったおじいさんの孫たちはまだ幼くて、もうお祭り状態でビデオ撮影に興じている始末。自宅での葬式のため、台所に入っている手伝いの女たちもどこか見ようによったら正月前の準備をしているようににぎやかい。焼き場で窯の中を覗き込むシーンもグロテスクながらコミカルな演出でニンマリしてしまいます。やってきた坊主(笠智衆)は、貫録はあるものの乗ってきたのはロールスロイスで、物欲丸出しの目線で世間話をする。極めつけは、死者の娘婿にあたる井上侘助(山崎努)のファックシーン。葬式の手伝いにやってきた浮気相手の女性社員(高瀬春名)にせっつかれて野原で交接するのですが、女のデブさが卑猥さを盛り上げ、見事なほど薄汚く滑稽です。この場面、同時に写し出されるのが、侘助の妻である雨宮千鶴子(宮本信子)がひとり、丸太のブランコに乗って、ゆらゆらと呆けたようにこいでいる姿です。まるで亭主の下半身の動きと同調するように。お葬式なのに、そこに集まる人間は生身で、本音とたてまえを使い分け、妬みもあれば食欲、物欲、性欲、なんでもございますの世界が、描かれています。それは当然であり、不謹慎!でくくられるものではない、清濁、虚実まざりあった中で人間は生きているし、死者もまたその空気の中で、あの世に幸せに送られていくものだというメッセージを感じます。
こんなお葬式を出してもらえる人は、人生の成功者!
この映画で、亡くなったのは70歳をすぎた老人です。まだもう少し余生を楽しんでもいい年齢かもしれませんが、まあまあ長生きできたと言えるでしょう。そして、家族がいて、親戚も、近所の人もいて、こうしてわいわいがやがやの空気の中、あの世に旅立てるというのは、大過なく人生を送ったという証ではないかと思うのです。若くして死ぬことになったり、葬式を出してくれるものがいなかったりすれば、このようなお葬式にはなりません。大往生とまではいかなくても、立派な往生なのです。それを確信できるのが、喪主である雨宮きく江(菅井きん)の最後のあいさつです。他のものと同様に、この3日間を泣いたり笑ったりで過ごしてきて、いよいよお葬式の最後が近づいたときに、亡き夫への思いをかみしめた言葉を紡ぎます。長い時間をともに歩んだ人間をもつということは、人として尊いことだなあとしみじみと感じさせてくれるのです。
「死者」の目線
棺桶におさまったおじいさん(奥村公延)の顔を、家族が覗き込むシーンでは、カメラがおじいさん側にあるので、覗き込む家族の顔がアップになります。もし自分が死んで、棺桶に入っていたら、外はこんなふうに見えるかとおもしろく想像できる場面です。そして、その後、棺桶は家に移され、自宅でのお葬式を待つのですが、外は激しい雨と風が吹き付けます。翌日、雨は止むものの、風は吹き荒れて、山の木々を大きくゆさぶり、参列者のお香典まで吹き飛ばします。しかし出棺のあと、ぴたっと風はやみ、抜けるような青空がひろがります。このこだわりの情景描写を、私は「死者の魂」をかさねて見てしまいます。焼かれてしまうまでは魂はまだ、とまどうようにあたりをさまよっているのかもしれません。懸命にこの世との別れを実行しているのかとも思います。香典をまきちらしたのは、最後のちゃめっけかもしれません。火葬場で煙がたちのぼるところで、ようやく死者ににとっての「死」も完全になったように思えるのです。
いつかは自分が葬式の主役になる日がくる、この映画のように、元気な生者に取り囲まれてあの世に旅立ちたいものだと思います。
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