見えない人の心をどう描くのかを迷った作品 - あかく咲く声の感想

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あかく咲く声

3.753.75
画力
3.00
ストーリー
3.50
キャラクター
3.50
設定
4.25
演出
4.25
感想数
2
読んだ人
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見えない人の心をどう描くのかを迷った作品

3.53.5
画力
3.0
ストーリー
3.0
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

「夏目友人帳」のベースとなるような作品

このあかく咲く声を見ていると、辛島世津が、夏目友人帳の夏目貴志と重なります。二人とも心に痛みを抱えています。人を傷つけてしまうのではないかという痛みです。特殊な能力が辛島は「声」、夏目は「妖怪を見る力」。悪人に利用されようとしたりして、その危い感じが二人ともに共通しています。 作者が文庫の最後に「ふたり、を描けるようになってほしいと担当さんがおっしゃっていた意味が今はよくわかります。私にとっては、とても挑戦に満ちた作品でした。」とありました。このあかく咲く声は、気持ちをすごく大事に描かれている作品です。普段は気にしていない声というものを題材にして、辛島くんと国府さんの気持ちがよく表されています。心のなかの想い、形のないものをどうやって描くのか、作者がこの作品で担当さんと模索してくれたおかげで、次の作品に引き継がれていき、あの「夏目友人帳」が生まれたのではないでしょうか。

1997年の銃乱射事件が反映されているのでは?

1997年に起きた乱射事件は3件あります。高校での乱射事件ばかりが相次ぎます。この作品は、1998年に発表されています。高校が舞台ですが、その安全な高校でいきなり銃を持った男たちが現れます。国府佐和が拳銃を渡されようとしたときに「いりません。私は弱いから、きっと使ってしまう」自分の弱さをわかっていながら、その気持ちの強さに驚いてしまうシーンです。拳銃を持たないでいて、拳銃を持つ人たちに立ち向かう姿勢。それが潔くて、私たちは銃を持たない社会なのだと強調されているようです。アメリカという国での銃乱射事件が海を越えて、広がっていくのではないかという危惧。私たちの力は弱いけど、何とかしたいという痛みのようなものも作品から感じます。この作品には、銃がたくさん出てきます。でも、それによって人がどう傷つくのかというのもちゃんと描かれています。銃を持つことの危険性、人が簡単に傷ついてしまうという悲しみ。大事な人を傷つけられたときに、辛島は、その声を使って武器にしようとします。まさしくその瞬間、川口刑事の手が伸びてきます。「大丈夫だよ」その一言がなかったら、彼は犯罪者側に回っていたかもしれない。そんな危い彼を周りの人々が支えていきます。

国府佐和の強さ

「辛島くんにとって一言はとても重い。飲みこまなきゃならない言葉も私達よりずっと多い。辛島くんにひどい言葉を使わせたら、許さないから」坂本くんが何者なのかわかる前に国府さんが彼に言った言葉です。坂本くんが悪人であったにしてもきっと彼女は同じセリフを言うだろうと予想します。何者であってもきっと彼女のこの態度は崩れない。辛島くんを傷つける人は、彼女が許さないのです。すごい愛のパワーです。辛島くんの声は、人にとって心地のいい声、それが恋のせいではなかったら?操られていたら?彼女は問いかけられます。彼は抱えているものが大きい苦労するとも言われます。友達からも止められます。それでも「私はきっとあきらめない」という彼女の強さ。現代の私達には少し足りない情熱のようなものを感じます。このあかく咲く声、辛島くんのことばかりが目についてしまって、彼のことをタイトルにしたのかなと思っていました。しかし、国府さんの持っている情熱の赤もこのタイトルに入っている気がしました。

 辛島くんの態度が坂本くんと川口刑事では違っていて、坂本くんが「態度の差、かんじわるーっ」と言っているシーンがあります。それを彼女が「いつか勝ってやるわ…」とみています。一番身近にいる川口刑事にさえ、勝つ自信があるのだなと思い、笑いがでるほっとしたシーンです。緑川ゆき先生は、こんなほんわかシーンが上手に描ける漫画家さんです。このほんわかシーンが夏目友人帳でも夏目とにゃんこ先生とのバトルだったり、にゃんこ先生が夏目の部屋で、妖怪たちと勝手に開く飲み会だったりして上手に取り入れてあります。途中のこのやりとりが結構いいし、主人公の性格、脇役をがっちり固めているキャラの癖が出ていたりします。

人はひとりでは生きていけない

柴との接点を作ることにより、辛島くんは自分を鏡に映して見ています。柴が「確かに気持ちが悪いな。他人から見たら、オレもお前のように見えてるのかなあ」というシーンで「僕には柴さんはただの人に見えます」彼らの持っている能力は、人から見たら気持ちが悪いのかもしれない。脅威に映るのかもしれない。それをただの人と言い切っている辛島くんはすごいです。柴を鏡に映した自分と見立てて、冷静な判断を辛島くんにさせています。柴に大事な人がいて、その人が消えた瞬間、何の声も周りの冷静な声も何もかも聞こえているけど、素通りしていたのだと思う。それが辛島くんの一言が耳に入ってきた。それが大事なのだと思う。それがあったからこそ、柴は捕まったのだろうと思う。「一人は平気だったのに…」という一言に凝縮されています。一人は平気のはずだったのに、彼女の声を思い出したのではないでしょうか。柴を普通だと言ってくれたのではないかと予想します。だから、国府さんの足音に気がつかなかった。  

このあかく咲く声は、人はひとりでは生きていけないんだよと伝えたかった作品のような気がします。ひとりで生きていくのは、自由度が高いです。きままでいいのですが、寂しさもあります。その寂しさとどう折り合いをつけていくのか、ふたりになったときに感じた幸福感、それを捨ててしまえるのか。私は争いあっても傷つけあっても、みんなでいるときの幸福を味わった人は、ひとりでは生きていけない気がします。誰でもひとりで生きているようでそうではないのです。間接的に誰かの協力を得て生きている。それが人なのです。辛島くんがラスト付近でちょっと変わってきているのがわかります。だから、柴にもはっきりと迷いなく断言できたのではないでしょうか。

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