忍同士の悲恋を描いた山田風太郎の代表作
鬼才・山田風太郎の構成の妙
いったい山田風太郎はどこまで才能があるというのか。
まず、文章が読みやすい。キャラクターも個性豊かで、主役・脇役・悪役のメリハリが実に小気味よい。特に山田風太郎作品のヒーローである柳生十兵衛は、最高の剣術家であるのに人間味溢れていてとても魅力的だ。
なにより、山田風太郎はストーリー構成が絶妙なのだ。『魔界転生』『柳生忍法帖』などはまさしく山田風太郎の才能が溢れた作品で、定められた絶望的な勝負に主人公たちがどう挑んでいくのか、読んでいる者の脳髄をシビレさせるように好奇心を煽り立てていく。山田風太郎式エンターテイメントは、漫画、アニメ、ドラマ、メディアの枠を超えて観る者に興奮と感動を与えるのだ。
その山田風太郎原作で、名作の誉れを受ける一作がある。それが『甲賀忍法帖』だ。
甲賀と伊賀の忍同士の争いを描いた作品で、敵対する両者の間で散っていった悲恋を描く。
せがわまさきのもと描かれた『バジリスク』は、この山田風太郎『甲賀忍法帖』をベースとした漫画作品である。
甲賀ロミオと伊賀ジュリエットの悲劇
「愛する者よ、死に候え」ーーそのキャッチコピーに代表されるように、『バジリスク』は悲恋を描いた作品である。
徳川の跡目争いに利用された、甲賀伊賀の十対十の忍術合戦。どちらかが死に絶えるまで戦いは終わらない。勝った一族は1000年の栄華が約束される。選ばれた精鋭十人のなかには、結婚を間近に控えた甲賀弦之介と伊賀の朧の名もあったーー。
もう、このあらすじだけで圧倒的な面白さが伝わってくるというものだ。権力に阻まれた二人の恋。弦之介と朧はそれぞれ甲賀・伊賀の頭領であり、忍たちを引っ張っていくリーダーだ。愛しているのに、殺し合わなければならない理不尽。読者の心は揉みに揉まれていくことだろう。
小説『甲賀忍法帖』は伝奇らしい語り口で登場人物たちもそれ相応の立ち居振る舞いをするが、漫画『バジリスク』は漫画読者に読みやすいようにキャラクターもセリフも工夫され、歴史が苦手でも十分に読める。
それ故に、弦之介と朧の苦悩が鮮明に映って、また読者は苛まれる。若い二人の恋を応援したいのに、葵い闇に裂かれて絶対に叶わない。仲間たちはどんどん死んでいき、最後は弦之介と朧だけになってしまう。前日の薬師寺天膳との決戦のあとで虫の息、かついまだ盲目のまま弦之介と、春日局の支援もあり無傷の朧。安倍川の川辺で対峙する二人だが、朧が自殺することで勝負の決着をみる。
漫画オリジナルの「大好きです、弦之介さま」と言って自らの胸に刃を突き立てる朧に、読者は涙を誘われたことだろう。
あえて現代人の馴染みの深い口語にし、朧のありのままの想いを引き出した漫画家・せがわまさきには感服の一言だ。
忍術合戦で最初に相討ちとなった二人の祖父・祖母、甲賀弾正とお幻と全く同じように、二人寄り添いながら川を流れていく演出も心憎い。
また、漫画とは直接関係がないが、アニメの最終話”来世邂逅”は映像美も相まって号泣必至なので、漫画を読んでいるだけの人もぜひ視聴していただきたい。
せがわまさきは『甲賀忍法帖』に命を与えた
『甲賀忍法帖』を『バジリスク』として漫画家・せがわまさき。せがわまさきをもっとも評価したい点は、キャラクターデザインである。
そもそも山田風太郎は小説のなかキャラクターの描写をしっかりと表現する作家ではあるが、せがわまさきが更に丹念に命を吹き込んでくれた。
異形の様相の忍たちーー例えば小豆蠟斎や地虫十兵衛、蓑念鬼などのキャラクターたちを、よりまがまがしく描くことに成功している。
かと思えば、朧を始め、陽炎、朱絹といった美女たちは妖艶で美しい。山田風太郎の描写を全て活かしているのも素晴らしい点だ。特に、山の乙女なるお胡夷の、大柄で豊満な身体つきながら無邪気なキャラクターを、せがわまさきは完璧に表現している。
小説では物足りなさも残るほど、忍たちはテンポよく死んでいくだけに、せがわまさきによって肉付けされたキャラクターたちがそれぞれの個性を発揮し、活躍する姿は、『バジリスク』の大きな見せどころの一つになっている。妖しくも恐ろしい忍法勝負の数々に、読者たちは目を離せなくなってしまう。
キャラクターたちの生が映えるぶん、彼らの死に際は悲劇を強調される構図になっていく。忍法勝負にふさわしく、彼らは一様に凄惨な死を遂げる。だが、せがわまさきは彼らの散り際を惨たらしいものにするだけでなく、物悲しくも感じさせる工夫をしている。死に際の蛍火が見たのは憎き如月左衛門の素顔か、それとも亡き恋人・夜叉丸の面影だったのだろうか。
これらせがわまさきの完璧な仕事が、2005年のアニメへとバトンを渡す。
元の原作が素晴らしく、次ぐ漫画も出来が良いこともあるが、アニメはこれら二つの先輩に負けず劣らず素晴らしい作品に仕上がっている。
アニメでやや増えた忍たちのエピソードや、よりじっくり描かれた朧・弦之介の恋模様は、悲劇のエンディングを盛り立てる最高の演出となっている。『甲賀忍法帖』にほれ込んだ人は必見の内容だ。
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