悲惨な最期は自業自得か、間桐さんちのおじさんについて
名前
登場人物の大半が悲惨な末路を迎えることで有名な本作であるが、中でもより印象深いのは雁夜という男の末路だろう。あまりに過酷な状況に耐えてきた末に何一つ報われないまま目的を眼前にして息絶え、遺体は残らず蟲の餌になった男、それが彼である。父である男に運命をもてあそばれる少女、桜のために、忌み嫌う魔術師の力を寿命と苦痛と引き換えに手に入れ、彼女を救うために過酷な運命に身を投じた男。こう書いたならば、あるいは主人公にも見える彼が、なぜこんな非業の最期を迎えなければならなかったのか。これについて、この作品をよく知っている人によればあるいは、悲惨であるもののいたって自業自得とも言われている。そんな彼の末路だが、果たしてその評価が正しいのかどうか、考えてみる余地はあるだろう。
目的
彼の目的は上述したように義理の姪にして、想い人である女性の娘の桜を救うことにある。まずこの作品の世界観において、魔術師というのは大概が倫理観に欠けている存在だ。彼は間桐という古い魔術師の家に生まれながらも、そんな魔術師の在り方を嫌悪している。加えて、間桐の扱う魔術の系統が多種多様な魔術の中でも極めて醜悪な部類であることが、彼の生家への更に強力な忌避に繋がっている。そして、よりにもよって、そのような場所に想い人が自らの娘を投げ入れたと知ったとなれば、彼の焦りようも頷けるものだろう。想い人への想いが関係無かったとは言えないだろうが、それでもいたって一般的な倫理観を持ち合わせる雁夜が桜を救うために行動するのも当然だろう。そもそも、雁夜が間桐の魔術を継いでいれば、桜が作中のような悲惨な目に合わずに済んだという点も彼の動機にあるのかもしれない。
そして、彼の強い覚悟が伺うことができるのが、彼女を救うために彼が取った行動だ。臓現に交渉を持ち掛け、あまつさえ自身の身命を交渉材料に用いてみせたのだ。正確には、桜の解放と戦争の勝利との交換交渉を持ち掛けた訳だが、その為に彼は間桐の魔術師になることを決意している。家を出たとはいえ、間桐の蟲を用いた魔術の醜悪さは彼も知るところだろう。つまりは、魔術師になる過程での死に至りかねない苦痛や、魔術師になれた後に彼が抱えることになる、身体的な障害や寿命の致命的な損耗を承知した上でこの提案をしていることになる。すなわち、彼は少女を助けるという目的のために、これ以降の人生を捨てたのだ。この覚悟は間違いなく彼の善性を示しているといえるだろう。その目的の根底に、仮に想い人への拭いきれない劣情や、想い人をもっていった男への嫉妬、桜という少女への歪んだ願望があったとしても、その在り方は紛れもなく大切な者への命を賭した献身である。ともあれ、桜を救うという目的を抱いているという一点において、彼に間違いは何一つないだろう。
経緯
満身創痍に陥った形ではあるものの、間桐雁夜は魔術師となり、戦争への参戦資格を得る。かくして、彼の命を懸けた少女を救うための戦いが始まった訳だが、ここから先にとった行動が、彼の末路が自業自得といわれる由縁だっただろう。彼の戦争中の行動は最終盤を除き、ほぼ時臣への執着に終始している。彼の言い分によれば、遠坂家の家長にして桜の親である時臣さえいなければ、桜が醜悪たる間桐の魔術によって苦しめられることもなかったはずであり、時臣は娘を地獄に落した報いを受けるべきである、とのことだ。だが、どうにも論理的に苦しい。正直に言って、長年溜りに溜った嫉妬が噴き上がっているようにしか見えない。まず彼の思い通りになったとして、夫を失うことになる葵の心情を一切考慮できていないだろう。また、序盤で自身と時臣の使い魔の相性が良いと判明したにもかかわらず、わざわざ自身の手で時臣へ攻撃を仕掛けたりするあたり、嫉妬の現れでは無いと言い逃れのしようがないように見える。つまるところ、戦争に勝利するために参加者の時臣を殺すという過程に異常なほど執着しすぎており、桜を救うために戦っていたハズなのに、本来の目的が時臣を殺す為の言い訳にまで堕ちてしまっているように見えるのだ。そのあたりの歪みは、時臣の死の原因について葵に詰問された際に顕在化し、結果的に彼の精神を完全な崩壊に導いてしまっている。ほぼ自失状態となった最終盤では改めて桜を救うために動いてはいるが、想い人にすら手を上げた後ではもはやその行動もどこか空々しく感じられ、最終的な末路についても、なるほど確かに致し方ないように思われてしまっても、それは仕方がないのかもしれない。
敗因
彼の敗因がなんであったか、それは言うまでもなく彼の性格にあるだろう。あるいは彼もまた間桐の男ということなのかもしれないが、彼の父や兄、甥の持つ性格的な難点を雁夜も持ち合わせていたという話だ。目的や人物などに対する感情の持ち方がどうにも偏執的で、自分の考えの問題点を省みることができない。言ってしまええば、彼は自己中心的な性格なのだ。時臣への執着を捨てて、桜の救出という一点に絞っていれば、あるいはそれだけは叶えるのぞみがあったかもしれない。これは、本作だけでは分かり辛い情報ではあるのだが、臓現はそもそも桜を魔術師にする修行などは行ってはいない。臓現はあくまで、桜を次代の間桐を産む母胎として、その身体を整えているに過ぎないわけだ。そのあたりをちゃんと冷静に時臣に伝えられたなら、桜のせっかくの才能を無駄にさせているということで、彼の義憤と協力を引き出せたかもしれない。そもそも、彼の事情と感情を汲み取って、それはおかしいと、目的を優先するべきであり、その為に取るべき行動を示し導く誰かがいたならば、彼の末路はまた違ったことだろう。あるいは、彼の事情と感情を汲み取ることができたのが、よりによってかのド外道であったことが運の尽きであったのだろうか。ともあれ、彼がその性格を改められない限りはどうあがいても、彼の望む通りの展開にはならないというあたりが、やはりどうしようもなく無念ではある。
末路
かくして雁夜は、自分の手で救うはずだった桜の前で、蟲に喰われてしまった。最期に彼が見た幻覚は、いっそ滑稽であり、ああいった浅ましい願望を最後まで抱き続けたことこそが、彼の本質であるという考え方もあるだろう。実際、好きでもない異性にああいった形で思われるというのは、なかなか寒々しいところではあるかもしれない。だが、さて、彼はこのような結末に足るほどの悪党だったのだろうか。上述したように、雁夜がこのような末路に至る原因はやはり彼にあるだろう。しかし、彼が最初に抱いた目的は、その為に彼が支払った苦痛は、決して別に何も悪くはなかったはずなのだ。彼が戦争中にとった行動は目的に対して確かに間違いだったのだろうが、それでも根底にあるのはあまりにも一般的な恋情による嫉妬な訳だ。どうしようもなく理解しがたい狂気という訳でもないだろう。その間違いが小さな罪でなかったとしても、彼が抱えた苦痛とその末路とでは、その帳尻が合ってないと感じるのはおかしいことではないはずだ。ゆえに、彼の末路はやはり可哀想なものであり、これを全て自業自得と全て断じてしまうのは少し無情に過ぎる。せめて、その目的の一欠片ぐらい報われても良かったのではないか、それぐらいの情を向けてやっても良いのではないかと考えてしまう。
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