年の差を超えたたぐいまれなる良縁
モノローグで示されてる中断
『育ってダーリン!!〔新装〕』という作品は連載当時にさまざまな変遷があったようで、ストーリーの後半には6年間の中断期間があったそうです。連載開始時は1996年まで『サンデー超』にて連載されていたみたいですが、とつぜんの休載?中断?をしたあとに6年の時を超えて2002年に『週刊少年サンデー』において完結編を発表したということだそうです。
現在、2018年のいま、この作品を単行本で読んでいるのだが。単行本の読者は、「レッスン19」のモノローグで中断があったことを知ることになります。単行本を読んだあとに気になって連載当時のことをネットで調べたのだが、wikiなどを読む限りでは作者の都合でのとつぜんの中断があったということしか探しだせませんでした。
前世紀の、20世紀に中断してしまった恋愛コメディの続きを21世紀にはいってから完結させることにしたのはどうしてだろう?
中断の時期があったこと
単行本になった作品を読んでいる中で、その「中断」があったことがわかるのは、出版されている単行本『育ってダーリン!!〔新装〕』2巻だての2巻に収録されてる「レッスン19」の最後のモノローグからだ。
で、ここで
6年間の空白がありました。
大人の世界にはいろいろあるのです。
で、絵も精神状態も変わりましたが、
つづきをお楽しみください……
と、このようなモノローグがはいったあとから2002年の絵柄で完結編が描かれるのだ。物語はうららとダーリンの初キスという最大の山場をむかえつつ、モノローグを入れることで、ここで中断があったんだろうなと読者に思わせているのだ。そして最終話の21話へむけて二人の結末やいかにと、物語は進んでいくのだが……。
モノローグがあることで、20世紀に雑誌で連載していた『育ってダーリン!!』の完結編を21世紀にはいったいま読んでいるということが強く印象づけられる作りになっている。とくにモノローグがなくても作品が描かれた時期が違うことは、絵柄の変化でわかる人にはわかると思う。久米田先生の作品を読んでいる人なら、時間の経過があったことをすごく実感すると思う。ましてや、単行本の巻での区切りでもなく話数の区切りでもなく、レッスン19の中においてモノローグをはさんでのとつぜんの執筆時期の変遷である。
そのおかげで主人公の初キスシーンもかすみ気味である。キスシーンのコマも小さい。描写も遠目で見てる感じである。恋のライバルにも、見られてしまったキスを兄弟のあいさつだとながされてしまっている。
軽くながされてしまった初キス
しかし初キスのあとの寮生活で遠距離になってしまった二人の恋愛はつづいていく。あえて作者からの「中断」があったことをモノローグで断りつつ、ふたりの初キスもライバルに兄弟のあいさつだと軽くながされながら物語は進んでいくのだ。
執筆の空白の6年と、物語の中での初キスからの年月を飛び越えて、その後の二人の背景が描かれる。物語は学園生活コメディにふさわしく中学生活のイベントである修学旅行の話の20話にはいっていく。
20話「レッスン20 一緒に修学旅行!?」のはじまりでは二人の初キスから月日が流れ、主人公冬馬が中学二年になったこと、ヒロインうららが19才になったことをそれぞれ紹介したあとで、3ページ目にして作者(三十路)も登場して、
これは何かの罰ですか?
眠っていてくれればいいものを!!
と、作者も読者も時を経て、『育ってダーリン!!』の話をふたたびすすめるということになっている。
「レッスン20~」のあらすじを説明すると。中学二年である冬馬の修学旅行に寮母補佐としてうららも同行し、うららが京都で不思議な門をくぐってしまい中学生になった姿で冬馬と邂逅するというストーリーである。
うららが不思議な門をくぐって中学生の姿になる前、話中におじさんと女子高生のやはり年の差カップルが登場しうららと話す。そして自分とおなじような年の差カップルをみて、うららはその二人に
もしかしてあなたたちって、年の差っていう恋の障害に酔ってるだけなんじゃない?
と、言ってしまうが、それは女子高生によってうららと冬馬の恋にもその問いは返されてしまう。
時を隔てて
20話の中では不思議な門が出てきて、うららとおじさんと女子高生がその門をくぐり、出てくるとみんなおなじ中学生になっている描写がある。不思議な門によって時空の理屈を越えて、時を隔てて年の差のない同級生の姿でうららは冬馬の前に現れる。
中学生のうららは、冬馬に-たぐいまれなる良縁を見つける-という思いのたけを語ったあとに、偶然から同級生同士のキスをする。不思議な門によって時を隔てて、年の差という恋の障害のない同級生同士でキスをするのである。
そう。うららと冬馬は年の差の障害をのりこえた恋を成就させようというときに幸運のイタズラから、埋められないはずの年の差という恋の障害がない状態で邂逅するチャンスが到来したのである。
これまでのストーリーでコメディでありながらもファンタジーではなかった二人の恋愛物語であるが、完結編にはいってファンタジーの要素でふたりの関係のディテールを形成しようとしているのだが、不思議と不自然さはない。うららと冬馬の不思議な時空の旅も、19話におおいてモノローグで読者に執筆の空白期間を飛び越えていることを示唆し読者にも時系列の変遷を体験させているせいで不思議な一体感を生んでいるのではないかと思う。
この作品の連載時の中断がどのような理由によるものなのか、ネット検索だけでは探しきれないでいるが。中断したあとの完結編のストーリーと、6年の空白期間がうまく作用して、ちょっとしたうまくまとまった作品になっているような気がする。なぜ6年間の執筆の空白期間があったのかわからないが、この時系列の変遷の追体験を狙ったものだとしたら見事なものだと思う。
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