数ある戦争映画の中でも傑作作品
海軍特殊部隊ネイビー・シールズ
この映画は彼らの壮絶な訓練風景から始まる。両手足を縛られてプールに入れられたり(いわゆる溺死訓練)、泥まみれで波間につながれたり、何度も死にかけたり、その他たくさんの厳しすぎる訓練に耐え抜いたものだけで構成されるのが、海軍特殊部隊ネイビー・シールズだ。激しい訓練に心が折れ脱落するものは、訓練場の広場にある鐘を3度鳴らして自らのヘルメットをそこに置く。この、皆に自分が脱落することを知らせ、ヘルメットを脱ぐという行動はことはきっと彼らにとっては屈辱的なことに違いない。だけどそんな彼らを責めることなど誰もできるはずもない訓練の厳しさに、しばらく呆然としてしまった。
訓練の厳しさは映画でよく描写される。映画「海猿」でもこの両手足を縛られてプールに入り、いろいろな状況を想定した訓練があった。しかしそこにはどこかヒロイズムのような、海軍ってかっこいいでしょというような煽りが感じられて、逆に冷めてしまったことを覚えている。でもこの「ローン・サバイバー」は、そのような煽りはまったくなく、感動的な音楽もなく、本当のことをなんの情報も付加せずそのまま写しているようで、それが余計に彼らの厳しさと苦しさを感じさせた。
妙な音楽などつけて感動的に仕上げられた冒頭なら観るのをやめたと思うけれど、そうではなかったことで、初めから映画にのめりこむことができた。
シールズ史上最大の悲劇、レッド・ウィング作戦
タリバン指導者暗殺作戦のため、現地に送り込まれた4人の精鋭たちは当初の計画が狂い、200人ものタリバン兵と戦うことになってしまう。その原因となったのは、徒歩で移動中に現地人の羊飼いたちと出会ってしまったことだ。危険性の排除と称して彼らの殺害を迫るアクスと、シールズが子供を殺すのかと反対するマーカス。言い合いは白熱し、その間に差し込まれる羊飼いの子供と悲しそうな老人のカットが印象的だった。興奮したアクスが今にも銃で撃ってしまうのではないかとハラハラしたけれど、そこはやはりシールズ隊員。感情に激して行動しなかったことが、彼の頼もしさを逆に感じさせた。結局、大尉であるマイケルが下した判断は、危険にさらされたこの作戦自体を中止すること。羊飼いたちを解放し、無線確保のために高地へ移動した。けれどこれは追っ手がかかり、タリバン兵との交戦を覚悟の上の判断だった。
ここからは怒涛の展開だ。タリバン兵の豊富な武器の前に、4人は無駄なく弾を使いながらも応戦するのだけど、数ではかなわない。どんどん後退させられて、逃げの一途をたどらざるを得なかった。
逃げるにしても、道なき道を行き、崖を転げ落ち、時には被弾もし、凄惨きわまりないものだった。
だけど、前を向きあきらめずに状況を打開しようとする精神力の強さが、シールズの強さでもあることを再認識させてくれる場面でもあった。
応戦しながらも後退する場面の激しさ
タリバン兵は数も多く武器も豊富だ。シールズたちは精鋭ではあるけれどたった4人だ。でも4人であそこまで好戦できるのは、彼らがそれほどの精鋭であることに他ならない。
後退するに当たっては、相手の目を欺くため「落下」という手を取らざるを得なかった。「落下」とは文字通り、落下だ。崖をいかに傷を負わずに落ちるかという訓練さえ彼らは受けているのだと、そこで理解できた。とはいえその落ち方はリアル極まりなく、実際どのようにして撮影しているのかと目を覆いたくなるくらいのものだった。
そのようにして落下して、安全な場所にかろうじて降り立ったのもつかの間、すぐにタリバンからの銃撃を受ける。訓練された精鋭である自分たちと変わらない移動速度に、一番重傷だったダニーがパニックを起こしたのも当たり前のことだと思う。
一人ずつ死んでいく絶望感
重傷だったダニーを背負ってマーカスが「落下」する直前に、ダニーは被弾する。被弾の衝撃でマーカスだけが崖を降りてしまい、ダニーはタリバンに捕まってしまった。ダニーは、自分の大切なものを奪われていくのを見ながら、死を迎える。その絶望感はなんの描写もなく、なんの音楽もないのに、ひしひしと心に伝わるものがあった。
次に衛星電話をかけるために犠牲になった大尉。彼は大尉でありながらも、マーカスほどの存在感はなかったけれど、そばにいるだけで頼りになるような安心感を与える人だった。そんな彼も任務を全うするためだけに、ヒロイズムに酔うというわけでなく、ちょっと出かけるみたいにして死んでいった。それがとても印象深く、静かな彼らしいと思えた場面だった。
アクスは最後までマーカスと共に戦った。何箇所も被弾し、目は片方ふさがり、それでも前を向いてあきらめなかった。
一人生き残ったマーカスが、自分の子供にアクスとつけたのは、そんな彼への尊敬と愛情をこめてのものだろう。
マーク・ウォールバーグの実直でリアルな演技
瀕死の状況で奇跡的に逃げのびることのできたマーカスは、偶然見つけた泉で乾きを潤しているところ、現地人に出会う。残った唯一の武器である手榴弾を見せ「殺すぞ」とパニックになっているマーカスを、その男が優しいながらも悲しげな目で見ながら手を伸ばし、助けるというジェスチャーを見せたとき、マーカスは信じられない思いと相手を信じる思いがせめぎあっているような表情で、とてもリアルな表情だったと感じた。
マーカスを演じていたのはマーク・ウォールバーグ。どんな役でもこなせる役者らしい役者だと思ってはいたけど、このマーカスはもう彼でないと演じることができないのではないかと思うくらい、この役どころをマーク・ウォールバーグは自分のものにしていると思った。
処刑台に引きずられていき、今まさに首を切られて殺されると言う時、恐れるのではなく怒りが先に来ているところ。そこから思いがけず命が助かり、でも興奮さめやらない表情など彼の演技は数多く見所があった。
マーク・ウォールバーグの「ハプニング」とか「テッド」とか現代風の若者を演じる映画は多く見たけれど、どれもどんな設定でもその演技にリアリティを感じる。
今回の「ローン・サバイバー」の演技も彼のその印象を強くしてくれた。
2000年続く掟
マーカスを助けたのは、ある村に2000年も伝わる「パシュトゥーンの掟」だ。その掟とは「いかなる代償を払おうと敵から逃げるものを守りぬけ」というものだ。その掟に従いマーカスを連れてきた男性だけど、やはり反対する者がいた。マーカスを助ける男と反対する男がマーカスの前で、マーカスの分からない言葉で言い争っている場面は、羊飼いたちの前でマーカスたちが彼らを殺すか生かすかで言い争っていたことを思い出させた。あの時とは状況が逆になっていることは実に皮肉だ。言葉はわからないけれど、明らかに自分の生殺与奪が彼らに委ねられていることの絶望感と、彼らの言葉から少しでも情報をつかもうと必死になっているところが、まだあきらめていない彼の精神力の強さも感じさせる。
しかしマーカスを村の男は守りぬいた。アメリカの基地にマーカスが生きていることを知らせ、救援を呼んだのだ。でも、やってきた救援ヘリの大掛かりな攻撃の様に、掟を守る村人まで殺さないかと緊張した。実際どうだったのかはわからないけど、もしかしてそれも掟にある“代償”に入るのだろうか。なんともシビアな話だ。
自分の身を危険にさらしても、掟を守ろうとする村があることに深い感動を覚えた。そして生還したマーカスはまたその地に戻り、彼らともう一度出会っている。それも実話ならではの感動があり、よいラストだった。
エンドロールは、実際の隊員たちの写真が写る。彼らは若くして死んでしまったけれど本当に生きていた、という証なように感じて、少し涙腺が緩んだラストだった。
この映画は数ある戦争映画の中でも、強烈に印象に残る映画だった。しかも名作として長く名を残す映画かもしれない。そんな気がした。
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