IJ作品にしては詰めが甘く、味気のないストーリー
登場人物の関係性の底の浅さ
アイリス・ジョハンセンシリーズは数多く読んできた。復顔彫刻家イブ・ダンカンシリーズや、「スワンの怒り」「真夜中のあとで」など、ロマンスやサスペンスに満ち溢れたストーリーがいつも魅力的で、毎回ページをめくる手が止められずに一気に読めるものだった。またそれぞれの登場人物たちもいい。イブ・ダンカンはもとより、イブにいつも連れ添うジョー、災害救助犬モンティを引き連れて世界を走り回るサラ。「スワンの怒り」のタネク、限りなく深い哀しみを背負いながらも最高の美女に生まれ変わったネルなど枚挙に暇がない。それに比べて今回の「澄んだブルーに魅せられて」の登場人物たちにはどうもそれほどの魅力を感じなかった。
まず主人公のケイト。教育を受けたことがないながらも生まれもった明晰さで世の中を渡る強い女性ではあるのだけど、どうもそこに深みが感じない。そんな環境で生きてきたならば相当な苦労をしているはずだけど、そのつらさの描写が全くないからだ。もちろん「過去に苦しい思いをしてきた」などといったあいまいな描写はあるにはあるが、それだけではケイトの持つ強さや弱さなどがまったく伝わってこない。弟分であるジュリオと出会った場面もあまりにも簡単すぎて、そんな簡単に姉弟以上の繋がりが生まれるものだろうかと疑問に思ってしまった。
父親代わりであるジェフリーとの絆も微妙だ。育ててくれた恩はあるにせよ、そこまで絶ちがたいようなものにはあまり思えなかった。
そういう意味ではすべての登場人物たちが底の浅いものに見えてしまった。
あまりにも安っぽい2人の出会い
主人公のケイトと恋に落ちるボウは、ジェフリーを救おうとしてケイトが出かけた胡散臭い酒場で出会う。その2人が人ごみを通して一瞬目が合う場面がある。そこで2人は2人とも電撃的に恋に落ちる。それはそれでいいのだけど、どうもそれからの展開が安すぎて頭がちょっとついていかなかった。ボウは出会ってすぐのケイトに対して売春めいた取引を持ちかけるし、ケイトはケイトで目的のためにはとそれをオッケイするという突拍子もない展開が、個人的には全く受け付けなかったのだ。危なっかしいケイトを守ろうと騎士道精神を発揮するのはいいのだけど、出会ってすぐとは思えない大きな出方で全くリアリティがなかった。これが、ボウ自身が何かから身を隠そうとする目くらまし的手段ならわかるけど、そうではなくただただ自分の所有欲と保護欲のためだけというのがどうにも納得がいかなかったのだ。
いつものアイリス・ジョハンセン作品なら、その強引さもセクシーで頼もしいナイトの登場とうっとりするようなものなのに、今回に限っては全くその魅力が感じられなかった。
アイリス・ジョハンセンの作品はそのロマンスが最大の読みどころなのに、それがない今回の作品は物足りない以上のものを感じた。またケイトもボウの出してきた取引を目的のためならオッケイするのはいいのだけど、そこにためらいや怒り、哀しさのようなものが全くない。一瞬なりともそのような感情がないはずないのに、そういうところを見せずにストーリーはどんどん進んでいく。そういうリアリティのなさに、ストーリーのためのストーリーのような浅薄さを感じた。
主要人物2人の行動の動機がよくわからない
全体的に登場人物に魅力があまりない本作だけど、主人公であるケイトとボウにさえそれがないのは残念なところだ。ケイトは短い巻き毛がかわいらしい女性で、知的で向こう見ずでといったいかにも男性の保護欲を刺激しそうな感じで書かれているのだけど、行動とセリフがあまり一致せず性格に一本柱がない。例えばケイトは何にしても「私が守る」とか「私の責任だから」という。そこまで背負い込む何かがあるにせよそれを見せられていないものだから、読むにつれ消化不良感が募ってしまった。
ボウにしてもそうだ。騎士道を発揮するほどの男らしさはあまり感じられない。お金持ち特有のつらい過去を背負っているのかもしれないが、頼もしくはない。経済力ゆえの行動力はあるけれど、男臭くはない。そもそも一人称が「ぼく」である。これは翻訳者の考えかもしれないが、それでも「俺」でなく「ぼく」を選ぶ理由が原書にあったのだと思う。
これくらい性格と行動が一致しない登場人物たちも珍しいと思う。
安いアイテムぞろいのストーリー
海賊なり、カリブの島国なり、財閥御曹司なりと、いかにも「こういうのが好きでしょう」といったアイテムぞろいというところも安さを感じるところだ。ベタならベタでもいいのだけど、そこにリアリティがないものだから、ただそういうアイテムでポンポンと飾っただけの空虚な部屋のようなものを感じさせる。つながりがないから深みもない。一つ一つは悪くないだけに(個人的には海賊は好きだ)、なぜこうなったという感じが否めない。
あと、ケイトとボウが愛を交わす泉やツリーハウスもいかにもだ。それにそういう自然の中ならもっと自然の壮大な描写があってもいいと思う。それがないのでほとんど自前の想像力を駆使するしかない。
でももしかしたら今まで読んできたストーリーの浅さからすると、そっちの方がマシだったのかもしれないけれど。
気になる展開、納得いかない展開
ストーリーに深みがないとか登場人物に魅力がないとかいうので既に致命的だけど、この小説には他にもたくさん納得いかない場面がある。そのひとつがジェフリーがあっさりとケイトの後見人立場をボウに譲るところだ。もともと後ろ暗いところがあるにせよ、もっと自信を持ってボウと対峙するべきだと思う。そうしてこそジェフリーの魅力も際立ってくると思う。これだとただ単なる酒飲みのろくでなしだ。実際ジェフリーにはそのような印象しか持てなかった。ケイトがあれほど親身になって世話をしていることに対しての愛情もあまり感じないし、昨日今日会ったばかりのボウにすぐケイトを受け渡すし、このあたりはもっとしっかり書いて欲しかったところだ。
またケイトがせっかく脱出した危険な場所をジェフリーのセスナを取りにいくという目的のためだけに戻るというのもどうもおかしい。セスナなんていくらでも買ってやるというボウの言葉も無視して、死を覚悟して向かうのはどうにもよくわからなかった。当のジェフリーはケイトがそんな思いをしてまでセスナを取りにいくことさえも知らないし、ましてやそのセスナがどれほど重要なのか全くわからない。ジェフリーが新しい事業を始めるのにセスナは必要かもしれないが、そのセスナではないとだめなのか。それともそんなに愛着のあるセスナなのか。色々謎がわきあがってきてどうしようもなかったところだ。
かなり冗長なラスト、セスナの行方の謎
富豪ゆえに人も愛も信じられないボウは不器用ながらもケイトを愛している。しかしその不器用さゆえケイトは頻繁にとんでもない勘違いをして2人はケンカをする。大体この2人はこのパターンなのだけど、それを見かねたボウの船の船長が助け舟(シャレではなく)を出した。しかしその船長の言葉はすんなりと素直に聞くケイト。なぜボウの言葉にはことごとく歯向かうくせに船長には妙に素直なのかとここでも歯がゆかったけれど、とにかく2人はハッピーエンドに向かっていく。けれどこれが長い。ケイトの強引な愛情の告白はどこまでも女性上位でボウを引っ張っていくのだけど、あまりにも長すぎた。とはいえ、ボウが言った「ウーマンリブ」という言葉を知らなかったケイトがまさにそうだと感じさせるという意味で、あの言葉はこのラストに続く伏線になっていたのかもしれないけれど。
結局ボウに愛を認めさせてハッピーエンドになるのだけど、あれほど命をかけて取りに行ったセスナがどうなったのかがまるっきりわからない。ジュリオは無事着いたのか?ジェフリーはそれで起業できたのか?話は続くのかと思いきや、ここで物語は終わる。あまりと言えばあまりなラストだった。
アイリス・ジョハンセンの作品は「スワンの涙」以前のものは前にも痛い目にあったことがあったことを思い出した。もしこれから彼女の作品を読もうと思ったら絶対「スワンの涙」以降のものにしよう。
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