恋愛感情のリアル
被害者側と加害者側と
この物語は被害者の兄である洋貴と加害者の妹である双葉を中心に展開されますが、二人が出会ってからしばらくは、被害者家族としての悲しみと、以前の友人だった加害者への憎しみを抱えながら生きている洋貴が、加害者家族としての懺悔の念は少なからず感じるものの、「お兄ちゃん!」と呼びながらあくまでも兄、文哉の味方でい続けようとする双葉に対して煮え切らない思いを感じ、時折それをぶつけたりしながら進みます。ですが次第にそれが一人の異性としての視点に変わっていったのは、双葉自身深い苦しみを抱えながら必死に生きているということが伝わってきたからではないでしょうか。洋貴の母親の響子も、自分達と同じ様に苦しみを抱える加害者家族に対して次第に許しの感情を抱く様になっていきます。
しかしどうやら、当の文哉本人だけはその苦しみを共有していないようです。それにより、洋貴の中で、vs加害者側から、vs文哉 に対象が変わっていきます。そして洋貴の気持ちが痛いほどわかるようになっている双葉も、最後には兄への一縷の望みも絶ち、蹴り、殴りかかるという行動で兄への失望感を爆発させます。それによって洋貴と双葉は、心理的にはほぼ同じ側に立つに至ったと言えるのではないでしょうか。
ちなみに、よくサイコパスの様な役は大袈裟な演技になってしまいがちですが、風間俊介さんは自然でよく演じていたと思います。洋貴の母親の響子が血相を変えて文哉に掴み掛かる際の、大竹しのぶさんの恐ろしいほどの迫力とリアリティに溢れた演技に対することができるほど、心の壊れっぷりをうまく表現できていました。
恋愛感情のリアル
被害者家族と加害者家族という、常識的、雰囲気的には恋愛など許されない間柄でありますが、恋愛は許されない状況ほど燃えるもの。お互いは次第に異性として惹かれていきます。学園ドラマの様に、お互い何の制約もない自由な状況で「つらい!」とか「悲しい!」とか言っているのを笑いたくなるほど、こちらは状況が状況なだけにシリアスです。「恋愛感情という本能は理性で抑えるのが難しい」というリアティティが彼らに残酷に襲い掛かります。そしてその許されぬ恋は、最後まで互いに感情を解放しきれないながらも小出しに愛情表現をしつつクライマックスを迎えます。双葉が理性を優先した決断をして結論を出すのです。ですが、お互いがお互いへのメッセージを書き続けるシーンによって、二人の恋は終わっていないという一筋の希望を我々に抱かせてくれます。二人、特に双葉には幸せになってもらいたいと願わずにはいられません。そう感情移入してしまうのも、ひとえに満島ひかりさんと瑛太さんの演技力によるものでしょう。瑛太さんの、草食系男子的なオクテな態度と、満島さんの、身の程わきまえすぎ、空気読みすぎな態度によって、時にはぎこちなく、時には軽快な掛け合いが生まれ、見るものをほのぼのとした気持ちにさせてくれるし、その恋愛慣れしていない様なぎこちなさによって、お互い気になる存在ではあるが積極的にアプローチできないという、状況に合ったリアリティを生むことに成功しているのだと思います。
タイトルは誰の心象か
この様な事件が起きた際は、被害者家族の心象や加害者本人の動機、精神状態のみがテーマになりがちですが、そこに加害者家族の心象という視点も加え、それが新たな実力派女優として注目を浴びている満島ひかりさんの演技によって表現されます。社会から理解も同情もされず弁明も許されない、だけど、加害者家族だって本当は、祭に行ったら楽しさを表現したいし、恋愛感情も解放させたい。しかしその感情、本能を必死に抑えているという切なさ、悲しさを見事に表現していて、涙を誘います。「それでも、生きてゆく」というタイトルも、一般的には被害者家族の心象を表していると考えるかも知れませんが、私は敢えて加害者家族、特にその代表的存在と言える双葉にこそ当て嵌めたいと思います。当然、家族を殺された悲しみ、苦しみというものは想像すらできないほど深いものでしょう。ですが、いつかはその感情を克服して前に進まなくてはいけません。側で応援してくれる人もきっといます。一方の加害者側は、誰にも同情されないどころか、誰も側に立ちたくないために、恋愛も仕事を続けることも困難であるというどうしようもない現実があります。しかしそれでも生きていかなければならないのです。被害者側ではなくて加害者側にスポットを当て、特に同情を誘うような表現は避けられがちです。加害者側は徹底的に否定することで犯罪の抑止力にするという意図もあるのかも知れません。でも、別の見方で、「犯罪を犯してしまったら残された人はこんなに苦しむことになるんだよ」という抑止力も可能ではないかと思います。その意味でもこのドラマは深い教育的価値を持つと言っても過言ではないと思います。
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