ありのままの自分を受け止めるのに、必要な一冊。 - 星の巡礼の感想

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星の巡礼

5.005.00
文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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ありのままの自分を受け止めるのに、必要な一冊。

5.05.0
文章力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

パウロ・コエーリョの軌跡はここから始まる。

パウロ・コエーリョの著作の全ての始まりとなる一冊、「星の巡礼」。
この本を読んで、スペイン語でカミーノと呼ばれるサンチャゴの道を歩く人も増加したという。
私の母ももれなく、途中でバスを使いながらも、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ行った一人だ。
母曰く、小説のようには行かず、途中の道は車の往来が多かったりと随分歩きにくい道もあったそうだ。著者が巡礼をした頃は違ったのだろうか、それでも、巡礼宿に泊まる人々の話を聞くにつけ、母の話からは若い頃のパウロがふと、顔を覗かせたような気がした。
「アルケミスト」を太陽とし、世界中の人々に多く読まれるならば、「星の巡礼」は月であると思う。読み進めるには、パウロが所属する教団の儀式を一旦、脳内で想像しなくてはいけないし、巡礼道を導くペトラスが話し出す精神世界を理解するにも、いささか時間がかかる。
つまり、デビュー作としては非常に読みにくい本になっている。きっと、日本であればこの本はお蔵入りをして、パウロの二作目以降の出版も危うかったのではないか、と想像してしまう。
しかし、その後に続く小説を読めば読むほど、この処女作に戻りたくなってしまうのだ。

自分と同じだと思える、著者のありのままの姿。

最初にこの本を手に取ってから、恐らく10年の月日が流れている。
何度読み返したか分からない位、この本を読み続けている。どういう時に読みたくなるのか?
人生の上で選択肢がふたつに分かれている時、自分の心の中にすっかり引きこもって、どんな気持ちも素直に見れない時、私はこの本をえいっと開く。どのページからでもいいのだ。なぜなら、主人公である著者のパウロが、これまでになく迷い、苦しみ、悶え、目の前に立ちはだかる数々のラム教団の修行を理解しようともがいているからだ。最初に読んだ時、小説のページが半分過ぎようとするあたりで、パウロが気付く場面がある。「我々はピレネー山脈の周りをぐるぐると、同じ道を繰り返し通っていたのだ。なぜ気づかなかったのだろう」この場面は、著者も恐らく当時愕然としただろうが、読んでいるこちらとしても、ここまで数々のことをペトラスに言われ、厳しい言葉も浴びながら、それでもほとんど巡礼の道を先に進んでいないなんて…。溜息にならない溜息が、お腹の底から沸き上がったことを今でも覚えている。しかし、とも思う。人生で何度も迷い、苦しんで、それで出した結果がこれまでと出した結果と一ミリも変わっていないこともよくあることだ、と。
何度も読み返したくなるのは、私という人間が成長もするけれども、やはり後退したり、同じところをぐるぐる回っていることもある、ということかもしれない。そして、何度もその場面を読んでいくにつけ、お腹の底に溜まった苦しい息が、今は胸のあたりにあったかく、ほんわりと存在していることにも気づく。

自分の変化と一緒に変化する、温度調整可能な小説。

最初は、精神世界の秘密めいた儀式に心を奪われて、何度も繰り返し読んだ。日本人である私にとって、十字軍の頃から存在している秘密結社、なんて言われてしまうと、なんて神秘的なんだろうとわくわくしていた。ペトラスはなんて賢く、彼なりに最後までパウロに寄り添うように彼の成長を心から願い、巡礼の道を辛抱強く歩んでいた。また、黒い犬が表れてからの情景は、まるで画面にうす暗い影を帯びたようになり、布団の中で読んでいても、どこからか犬の唸り声が聞こえてきそうで、本を途中で閉じてもなかなか寝付けないこともあった。
ある時から、その神秘的な面だけではないところから読むことが出来るようにもなってきた。新しい視点は、ペトラスの賢さや大人びた面を、少し自分勝手でわがままなイタリア人男性、と見えるようにもなった。また、パウロはまるで本当に間抜けな巡礼者で、教団に対する敬意も無いと思っていたところが、一つ一つを噛み砕いて、ある種、すぐに教団の修行に納得できないでいる不器用なところが、自分や、更に周りの人々をも導くことが出来る人物なのではないか、と思えるようになった。
私はきっと、主人公に"格好よく"頑張って巡礼の旅をしてほしかったと思っていたし、不平や不満などを言わず、素直に教団のやることに粛々と従えばちゃんと聖剣も最初から手に入れることができたのでは、と主人公に自分が考えるあるべき姿を、押し付けていたのだと思う。
パウロは本当に頑固で、傍ら、ある程度のことは表面的に色んな事が出来る器用さも持ち合わせている、現代に生きる普通の人なのだ。
しかし、本人の中に埋まった原石が「何事もなかったかのように、人生が進んでいく」ことを良しとせず、星の巡礼を通して、その原石を磨くように導いたのではと思わずにいられない。
自分の夢の中で生きるには、非常にリスクが高いものだし、思い通りにいかないことも想像以上にあるのだろうと思う。
パウロは、普通の人でありながらも、自分の中にある原石を磨こうと決意できた稀な人間だ。
きっと誰しもが持っている原石を、あなたも磨くことが出来るんだよ、と、この後出版される小説を読んでも感じることが出来る。
最後のページに書かれた一言がそれを集約している。「人はあるべき時に、誰かが自分を待っている場所に、必ず行き着くものだと、私は思うのだった」この言葉を信じて、明日からも私は生きていこう、と思える。

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