不安がみなぎる魔術的な映像で映画ファンの心を熱くし、映画史に残る伝説的なカルト映画となった 「狩人の夜」 - 狩人の夜の感想

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不安がみなぎる魔術的な映像で映画ファンの心を熱くし、映画史に残る伝説的なカルト映画となった 「狩人の夜」

4.54.5
映像
5.0
脚本
4.5
キャスト
5.0
音楽
4.5
演出
4.5

公開当時はまったく評判にもならず、興行成績も悪かった作品が、その後、年を重ねるにつれ評価が高まり、ついには映画史に残る名作と讃えられる作品があるものです。この俳優としても名高いチャールズ・ロートンが初めて監督した「狩人の夜」がまさにそんな1本なのです。

1955年の公開時には評価されず、ヒットもしなかった。そのためチャールズ・ロートンは、次回作としてノーマン・メイラーの戦争文学「裸者と死者」を撮ることになっていたが、監督の仕事が嫌になり、この企画から降りてしまったのです。したがって「狩人の夜」は、チャールズ・ロートンの最初にして最後の監督作品になってしまったのです。

チャールズ・ロートンは言うまでもなく、イギリスの名優で、製作者のポール・グレゴリーは、チャールズ・ロートンと組んで舞台を製作してきた演劇人で、映画製作はこれが初めてだということです。

このポールル・グレゴリーが、ディヴィス・グラッブの原作を読んで、チャールズ・ロートンを監督に起用して映画化を決意したが、二人とも映画製作に関わるのは初めてだったので、資金を集めるのに苦労したそうです。ようやく、当時スターだったロバート・ミッチャムが異常性格の主人公に興味を示し、出演を快諾。その結果、ユナイトが出資することになり、またチャールズ・ロートンに敬意を持っていた映画草創期の大スター、リリアン・ギッシュが心優しくタフな老婦人の役で出演することが決まったのです。

この映画は、1930年代、大恐慌で疲弊したアメリカ南部のウエスト・ヴァージニア州にある、オハイオ川の流れに沿ったスモールタウンが舞台となっている。サザン・ゴシックとグリム童話や「マザー・グス」のような童話の世界が溶け合っているところだ。

小さな農場を営む男が、金に困って殺人を犯してしまう。そして、奪った一万ドルを持って家に戻ると、二人の子供、九歳のジョンと四歳のパールに誰にも言うな、母親(シェリー・ウィンタース)にも黙っていろと言って、奪った金をパルの人形の中に隠すのだった。

この男を演じているのは、後にテレビの人気シリーズ「スパイ大作戦」でスターになったピーター・グレイヴスなのだ。この男は警官に追われ、子供たちの目の前で逮捕される。そして、刑務所に入れられ、絞首刑になるのだが、刑務所にいた時に、たまたま自動車を盗んだ罪で刑に服していた謎の男と同じ房になる。この謎の男は、ロバート・ミッチャム演じる自称、伝道師。彼は絞首刑になる男が、盗んだ金をどこかへ隠したことを知ってしまう。そして、刑務所を出ると、その男の未亡人を訪ね、金のありかを知ろうと彼女に接近するのだった。

このロバート・ミッチャムは、カーク・ダグラスやバート・ランカスター、あるいはマーロン・ブランドと同じように第二次世界大戦のあとにスターになった戦後派で、スターでありながら悪役や癖のある特異な人間を演じることが多かった個性派俳優だ。この「狩人の夜」の話が来た時、モンスターのような異常な男の役なのに「この役は私への最高の贈り物だ」と引き受けた経緯があります。

左手の指には"Hate"(憎しみ)、右手の指には"Love"(愛)のタトゥーをしている。憎しみと愛が混在しているのだ。伝道師として聖書の言葉を引用し町々で説教しながら、他方で知り合った未亡人を次々に殺している。そのことは、この映画の冒頭において、農家の納屋の中で女性の死体が発見されることで暗示されているのです。

「愛」を説きながら、女性への「憎しみ」から殺人を繰り返す。偽善者なのではない。この男の中では「愛」と「憎しみ」が混在している。神の声に促されて人を殺していると思い込んでいる。だからなお一層、気味が悪いのだ。

このオハイオ川に沿ったスモールタウンにやって来た男、ロバート・ミッチャムは、未亡人シェリー・ウィンタースと二人の子供に近づいていくのだった。この未亡人は、どこからともなくやって来た謎の男に惹かれていく。町の人々のピクニックに参加した男は、町の大人たちの心も捉えていくのだった。

町の気のいいパン屋の女主人(イヴリン・ヴァーデン)など男の説教にすっかり魅了され、未亡人に男との再婚を勧めたりするのだった。大人たちが謎の男を信頼して受け入れていくのに対し、たった一人、男に疑いの目を向けるのが九歳のジョンだった。無垢な少年の目だけが、曇っていないのだ。そして、母が男と結婚しても決してなつかない。

母親と男との初夜の場面が怖い。夫が寝ているベッドに入ろうとする彼女を、彼は拒絶する。そればかりか、彼女をふしだらで罪深い女と責めるのだ。このあたりも「愛」と「憎しみ」が混ざり合っている。どうもこの男には女性への不信感、憎しみがあるらしい。

そしてついに男、ロバート・ミッチャムは彼女、シェリー・ウィンタースを殺すのだ。夜、ベッドで寝ている彼女に男は飛び出しナイフを振り下ろす。モノクロ映画。この場面の寝室は、どこか教会のようだ。彼女はドラキュラに血を吸われる女性のように、陶然として死を受け入れる。伝道師に洗脳された彼女は、宗教的陶酔の中で死んでいくのだ。

チャールズ・ロートン監督は、この映画を監督するにあたって、「カリガリ博士」などドイツ表現主義の怪奇映画を参考にしたと言われています。この殺人の場面の光と影のコントラスト、歪んだ構図はまさにドイツ表現主義そのものだ。

男は、殺したシェリー・ウィンタースを車の運転席に乗せ、車ごと川に沈める。水の中の死体が、まるで水中花のように見える。美しく残酷。原作者のデイヴィス・グラッブは、イラストの仕事もしていて、映画化にあたって、何点か場面の絵を描いたそうだ。この川底のイメージは、ディヴィス・グラッブの絵によるという。

そして、男は殺人の後、二人の子供、ジョンとパールに金のありかを言えと迫るのだ。子供たちはからくも男の手を逃れ、夜の森へと入っていく。両親を亡くした身寄りのない子供たちがあてもなくさすらう。どこかグリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」を思わせる。そして、それを意識してか、カメラは森の中の小動物たち-------、カエル、フクロウ、ウサギ、カメなどを捉えるのだ。夜の森を抜け、小さな舟で川を下る。なんとも言えず童話的な幻想味が滲み出ている場面だ。

イノセントな子供たちが、大人の邪悪な世界の中で苦しむというのは、リリアン・ギッシュとその監督D・W・グリフィスの世界だが、チャールズ・ロートン監督は当然、それも意識しているのだろう。逃げる子供たちを白馬に乗ったロバート・ミッチャムが執拗に追う。白馬の王子ならぬ白馬のモンスター。後のJ・リー・トンプソン監督の「恐怖の岬」で、主演のグレゴリー・ペックを執拗に追ったロバート・ミッチャムは、この映画の延長だろう。

書き割りのような遠くの地平線を、馬に乗ったロバート・ミッチャムが行く姿をシルエットで捉えた場面も、実に秀逸だ。ロバート・ミッチャムが、まるでイングマル・ベルイマン監督の「第七の封印」に出てくる死神を思わせる。また、ウィリアム・ブレイクの詩にも影響を受けているのがわかる。

そして、何日かの彷徨の後、二人の子供は心優しい老婦人に助けられるのです。リリアン・ギッシュ演じるこの女性は、小さな農場で孤児たちを育てているのです。大恐慌の時代、アメリカ中西部には親と死別したか、捨てられた子供たちが多かったと言われている。「ペーパー・ムーン」でテイタム・オニールが演じたアディのように。

お腹をすかしたジョンとパールは、孤児を育てているリリアン・ギッシュに助けられる。この名女優は当時、60歳ほどだが、童女のように可愛い。それでいてタフ。二人を守り、追って来た「愛」と「憎しみ」のロバートミッチャムを銃で追い払うのだ。銃で撃たれたロバート・ミッチャムが、奇声をあげながら逃げる姿も異様で、実に気味が悪い。

こうして子供たちは、このリリアン・ギッシュに守られ、無事にクリスマスを迎えることが出来るのだ。伝道師ロバート・ミッチャムは、以前、子供たちの父親を絞首刑にしたのと同じハングマンによって処刑される。処刑の前、町の人々が警察に押しかけ「奴をリンチにしろ」と騒ぐのも不気味だ。スモールタウンの善良な人々が、一転して、暴徒と化すのだ。

このように、信心深い人々が、宗教的な非寛容さを見せるのだ。彼らもまた「愛」と「憎しみ」を併せ持っているのだ。このあたりチャールズ・ロートン監督のアメリカを見る目は、実に厳しいと思う。

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