「ごんぎつね」と「てぶくろを買いに」、幸せな結末を迎えたのはどちらか? - ごんぎつねとてぶくろの感想

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ごんぎつねとてぶくろ

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「ごんぎつね」と「てぶくろを買いに」、幸せな結末を迎えたのはどちらか?

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文章力
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ストーリー
4.5
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
5.0

目次

「ごんぎつね」はバッドエンドか

国語の教科書に載る定番の童話である「ごんぎつね」。

主人公の子ぎつねが人間の兵十に撃ち殺されるラストシーンは、子供の目にはひどくあっけないバッドエンドに見えるでしょう。

健気で哀れなごんが、薄情な兵十に殺されてしまう物語。

しかし、本当にただそれだけの物語なのでしょうか。大人になってから読み返してみると、まったく違うストーリーが見えてきます。

「ごんぎつね」は、視点主であるきつねのごんが非常に感情豊かなため、一見、人語を解するきつねによるファンタジックなストーリーに思えます。

しかし実際には、ごんが発言をするシーンは一切ありません。ごんが思ったり感じたりしたことは、ごん自身の中から外の世界に出されたことは一度もないのです。

うなぎにまきつかれて横っとびに飛び出す挙動といい、森の中に穴をほって暮らす習性といい、その姿は特別なものではなく、あくまでもただの野生動物です。

兵十の方も、母の世話をしながら暮らしていた何の変哲もない人間です。

そして読み進めるにつれ、兵十とごんの間に、深い関わり合いが全くといっていいほど無いことがわかります。ごんの方は兵十の状況を理解していましたが、特に兵十から見れば、ごんはたまにいたずらをしにくるやっかいな野生動物でしかないのです。

そんな兵十が、自分の家の裏口に入って来るごんを見つけたら。ただでさえ、母親が亡くなり、神経がささくれ立っている時期です。このやろう、殺してやる。そう思ってもなんら不思議ではありません。

そしてためらいもなく、兵十はごんを火縄銃で撃ちます。ご周知のとおりごんはそのまま死んでしまうのですが、ごんの死の間際、兵十はごんの善行に気が付くのです。

毎日栗を持ってきてくれたのはお前だったのか。兵十が聞きます。それに対して、ごんが頷きます。

ただの狐とただの人間。通じ合うはずのない者たちが、はっきりと分かり合った奇跡の瞬間です。

「ごんぎつね」は、果たしてバッドエンドを迎えた物語なのでしょうか。

私には、きつねと人間の想いがほんの一瞬通じ合う、奇跡を描いた物語に思えてなりません。

「てぶくろを買いに」はハッピーエンドか

同じきつねを主人公にした作品でも、「てぶくろを買いに」は「ごんぎつね」とは正反対のイメージを持たれる作品です。

孤独感が強かったごんとは違い、こちらの主人公のきつねには母親がいるうえ、ほほえましい会話のシーンもあり、全体的に明るく可愛らしい雰囲気があふれています。また、お母さんぎつねの魔法によって子ぎつねの片前足が人間の子供の手になるシーンや、人間との意思疎通も容易である様子から、ファンタジー色も強い作品であることがわかります。

手袋を買いに帽子屋を訪れた子ぎつねが、人間の手を出すつもりが誤ってきつねの前足を出してしまい、しかし心あたたかな店主はだまって子ぎつねに手袋を売ってあげる。子ぎつねはこの経験を通して、「人間って怖くないな」と納得する。「てぶくろを買いに」は、そんな平和的で心温まる、ハッピーエンドの作品として知られています。

しかし、私には、ただハッピーなだけの結末を迎えたようには思えないのです。

子ぎつね目線で進行する物語は、新鮮な驚きと好奇心に満ちていて、世界はどこまでも優しく、子ぎつねの想いに応えてくれます。

子ぎつねが町におりても人には見つかることがなく、怖い目にはまったくあいませんでした。帽子屋の店主にはきつねだとばれてしまいましたが、目的の品も比較的すんなりと手に入れる事ができました。まるで、子ぎつねにとって都合がいいことばかりです。

この感覚、身に覚えがありませんか?

そう、ビギナーズラックというやつです。

初心者が持っているとされる幸運。今回子ぎつねは、その運を発揮したに他なりません。

つまり子ぎつねは、幸運のフィルターを通して見た、町や人間の姿しか知らないのです。

そんな子ぎつねに対して、お母さんぎつねは最初から、人間や町に対して良くない感情を抱いています。

お母さんぎつねを恐怖させるのは、おそらく、人間に追い回された自身の経験ばかりではないでしょう。町からそれほど遠くない場所に住んでいるのですから、周囲の生き物から人間の噂を聞くこともあったでしょうし、人間自身が武器を持って森に入る姿も目撃しているかもしれいません。

お母さんぎつねから見た人間の姿は、客観的で、よほど事実に近いものだと思われます。

お母さんぎつねの人間に対する感情は、子ぎつねが無事に帰ってきた後も大きくは変化していません。

「人間は全然怖くなかった」という子ぎつねの言葉に対し、お母さんぎつねは最後の最後まで懐疑的でした。

子ぎつねにとって、最初に怖い目に一切合わなかったという点は、むしろ悪い方向に作用しかねないと私は思います。

母親が抱く恐怖心は、生きるため、そして人間とうまく距離をとって生きていくために必要な感情です。子ぎつねには今のところ、それを理解する機会が与えられていません。それどころか、「人間は怖くない」とさえ思い込んでいます。

このままいくと、子ぎつねは遠くない未来、人間の前に躍り出て、ごんのような奇跡を産むこともなく殺されてしまうのではないか。そんな不安が、胸をよぎります。

「幸せな結末」を迎えたのはどちらか

孤独なごんが殺されてしまう、薄暗い雰囲気の物語「ごんぎつね」。

子ぎつねが全てを味方につけた、幻想的で可愛らしい物語「てぶくろを買いに」。

一見、「ごんぎつね」はバッドエンドを迎え、「てぶくろを買いに」はハッピーエンドを迎えました。

しかし「ごんぎつね」は、奇跡が起き、そこで生命が終わる、ある意味では究極のハッピーエンドともいえる作品です。

「てぶくろを買いに」はこの物語のみを見れば幸運でしたが、その先には、不幸な結末が口を開けて待ち受けているように思えてしまいます。

どちらがよりハッピーな結末を迎えたか、と問われれば、私なら「ごんぎつね」と答えます。

深く読み進めれば結末が裏返る。ひとつの絵本に収録されたこの2つの作品は、表裏一体の物語なのです。

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