狂うという事について、考えさせられる作品 - 果てしなき渇きの感想

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果てしなき渇き

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狂うという事について、考えさせられる作品

3.53.5
文章力
4.5
ストーリー
2.5
キャラクター
3.5
設定
3.0
演出
4.0

目次

加奈子という少女について

まるで、加奈子という一人の少女の足跡を追う、ロードムービーの様でした。
彼女の足跡を父親藤島と、一緒に追う道のりで、彼女の新しい一面があらわになる度に、何故だか分からないが、空気が薄くなるようであり、意識が遠のいていく、恐怖を覚えました。
これ以上読み進めるのが、恐ろしくなった時にはもう、振り向くと退路は絶たれていて、熱にうなされる様に、加奈子という少女から、目が離せなくなっていました。
作者の狙いも、恐らくは、そこであったのでは無いでしょうか。
友人達を麻薬漬けにした上で、次々と身体を売らせて行く、悪魔の様な事を、平然とやってのける少女なのに、何故だか痛々しく美しく思えます。
そして、行方不明の娘、加奈子を死に物狂いで探す父親が、恐ろしく、醜く、憎しみさえ感じさせる様になります。
自分の中での悪の基準がぐらりと揺らぎ、読み進めるうちに、善と悪の境目が曖昧になっていきます。
狂って残虐な加奈子は、最後まで美しく尊いものであり、娘を想い行方を探しているはずの父は、この上なく醜く、汚ならしい生き物に思えてなりません。
その様な混乱に読者を陥れ、惑わす役割こそ、作者が加奈子を描いた目的なのかもしれません。
そして、その狙いは間違いなく成功といえるでしょう。
きっと、この作品で加奈子に出会う読者すべてが、作中の加奈子の周りの人間の様に、加奈子に恋をし、その一挙手一投足を、息を殺して見つめているに、違いがないのですから。

狂っているのは、父か娘か

描かれる父親、藤島の狂った様が、あまりにも恐ろしかったです。
美しい少女、加奈子を狂わせた原因は間違いなく、この父親藤島にレイプされた事が原因でしょう。
しかし、果たしてただ疲労と酒に酔っていたというだけで、本当に自分の娘を突然襲えるものなのでしょうか。
ましてや、その事自体を人に聞くまで、完全に忘れていられる物なのでしょうか。
果たして、彼が初めから狂っていたのか、若しくは幼い加奈子に、父親を狂わせてしまう程の、魅力があったのか。
私がそう感じたのには、二つ理由があります。
一つ目は、母の加奈子に対する、愛情の欠落です。
藤島が幼き加奈子に行った、恐ろしい過ちに、作中気付いていたと、匂わせる台詞があるのですが、その事が原因で藤島と別れはするのですが(もちろん、表向きは浮気相手への暴力でしょう)、そこから加奈子に対して、フォローをするどころか、距離を置いてしまいます。
実の母親が、自身がお腹を痛めて産み育てた、被害者である娘に、そんな仕打ちが出来るのでしょうか。
一番早くに、娘の美しさとその人を狂わせてしまう程の魅力に、同性だからこそ、一番近くで気が付き、心の底で恐れていたのではないだろうかと、思います。
そして、もう一つが元妻の依頼を受けるまで、娘の事など記憶の奥底に埋もれていた藤島が、娘の足跡を追い、娘に近付くうちに、狂気をちらつかせる様になり、そして自分の過去の過ちを知ってからは、加奈子に対して、異常とも言える程の、執着を見せていくのです。
まるで加奈子に近付く毎に、藤島の人間の理性という名の磁場が、歪みいびつになっていく様でありました。

加奈子と緒方の愛について

かつて加奈子の恋人だった、緒方が自殺した真相が、加奈子が仕掛けた凄惨な復習劇の真相だったという話なんですが、どうしても一部曖昧で不可解な部分があります。
結局緒方は、その美しい容姿のせいもあり、酷いいじめのターゲットにさせられた上で、不良グループに目をつけられ、嵌められて、チョウという変態の餌食にされてしまい、自殺をするのですが、結局それは加奈子の知らないところで起こった事なのか、もしくは加奈子自身が愛している緒方を、嵌めたのか分からない部分があります。
チョウと加奈子が出会う前から、不良グループは、チョウと出会い支える様になり、チョウの好みの人間を嵌めてさらって、差し出していたという事なのかも知れませんが、なんとなく、すでに父親の過ちによって、狂ってしまっていた歪んだ加奈子の愛が、愛する恋人をも自分と同じ所まで、陥れてしまい、結果死んでしまった彼を想い、さらに狂っていったのではないかなと、思いました。

その矛盾こそが、加奈子という存在を作りあげていたのではないでしょうか。
加奈子にはそのくらい、狂って不可解でいて欲しいと思います。
そうする事でさらに、父親に受けた仕打ちが、加奈子という少女に与えた、衝撃が重さを持つからであり、そして父親の異常さが浮き彫りになるからです。
加奈子が、緒方と自分は同じだと言う台詞がありますが、きっと愛するが故に、同じ場所にいて欲しかったのだと、思いました。

愛しているものをも傷付けてしまう程に、加奈子は歪んでいたのでしょう。

だからこそ、緒方の自殺後に心配して家に招いて気にかけてくれた、教師の幼い自分を慕う娘に、売春を斡旋したり、かつて親友だった少女達を嵌めるという、理解しがたい行為に走った加奈子の心境が、少しだけ分かるような気がします。

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