こころの力で世界は救えると思いたい
お星さまキラキラ
かわいい顔のラグとニッチ。背景は常に夜が満ち、星が空に輝いている。太陽の光が届かなくなった世界で、暗闇の中で輝く星がまぶしい。星は人の心を表現していて、そのまぶしさは心の強さの証明でもあるから、それだけ人が強く生きていることを表しているのだろう。
それでも人は太陽のあたたかな光を求めて、人工太陽をつくった。でもそれは裕福なアンバーグラウンドのアカツキにしか届かない光…多くは人工太陽の光など届かない地域で暮らしている。そんな中で唯一街を行き来できるのが「テガミバチ」。街から街へ手紙を運ぶ仕事をする郵便屋さんである。手紙には書いた人の大切な心がこもっており、それを届けるテガミバチの仕事はとても栄誉ある仕事だった。そして、貧乏な家の出身でも、テガミバチとして活躍すれば、太陽の光の届くアカツキへも入れるようになる。みんながそれに憧れて、テガミバチを目指すのである。
長編の物語になっているが、どのエピソードも心温まるものばかりで、かわいいラグとニッチが活躍する。ラグは、手紙に込められた想いを見ることができる能力を持ち、その気持ちに応えようと一生懸命手紙を運んでいく。その姿に心洗われるような気持ちになった人も多いはずだ。
心を届けるという仕事にも、敵がいる。人の「こころ」を食べてしまうという鎧虫との戦いに勝ち、手紙を届けなければならない。テガミバチは誰もが憧れる仕事でありながら、最も危険な仕事でもあるということだ。生半可な気持ちで取り組める仕事ではなく、テガミバチの心がまず強固でなくてはならない、というのが物語のミソ。あらゆる物事において、心がいかに大切か、を教えてくれている。
焦点の当てどころが秀逸
手紙を届ける郵便屋さんをテーマに持ってこれるのがすごい。単純に赤いバイクに乗った郵便屋さんってわけではなく、いかに重要な仕事であるか、というところからファンタジーの世界を広げて物語を作っている。なかなか思いつけるものではないだろう。
確かに、郵便屋さんの仕事って超重要。特に日本なんかでは、決まった日時にばっちり届けるシステムがほぼ確立されていて、自然災害がなければ間違いなく予定通りに手紙が届く。宅急便もそう。いかに効率よく、いかに早く、いかに壊さず丁寧に配達するか。少し汚れてたりすると、何やってんだよ!ってお客さんの側だと言いたくなるが、当たり前のようにいつも運んでくれている仕事のありがたみを感じ、ついでにテガミバチを読むと、すげーなって思えるだろう。漫画と同様に、そこに人が住んでいる限り、出されれば届けるのが郵便屋さんの仕事。そりゃー現代の郵便屋さんはマニュアル通りにとにかく運ぶことしか考えていないだろうが、とても感謝しているよ。いつもありがとう。
テガミバチにおけるラグは、はじめこそただのみなしごで、ゴーシュのおかげで生きる意味を見出し、ヘッド・ビーを目指した子どもだった。それが実は、皮肉なことに、人の心を運びながら人を食いつぶしていることを知ってしまったラグ。テガミバチの意味、人間の世界が終わってしまうかもしれない恐怖を知り、鎧虫の元凶と戦うことを決めたラグは、本当にかっこよかった。それが自分の生まれたものとの戦いだとしても…
ファンタジーなかわいい雰囲気はどこへやら、もう心がぎゅーっとしめつけられて苦しい。そんな漫画になってしまったよ。ただ、誰かを癒してくれるのも、傷つけるのも、すべては人の心であるということはとても共感できるし、それこそが力になるというのはよく理解できる。物語が伝えようとしていることは、分かりやすく、ストレートに心に響く。
仲間に恵まれて
ラグだけじゃない。だいたいのテガミバチは心が綺麗すぎる。というか、心優しく心の澄んだ者でなければ、テガミバチは務まらないのだ。弱ければ鎧虫のこころを喰われて終わり。ゴーシュみたいに廃人になって終わりだ。
コナーとザジは最高のラグの仲間。物語で終始活躍する良き友である。戦闘能力が高いことだけでは成り立たなくて、意思がいかに強いかが大切になる。怖くても辛くても、勇敢に挑むのはラグのため…ラグがスピリタスと戦うために1年ほど修行に出ていた間、コナーもザジもずっと生き延びて待っていた。顔が大人になってしまったことは悲しいが、それだけ努力して成長したということだろう。コナーとザジでなければ、あれだけおもしろい展開にならなかったと思うし、感動も呼べなかったと思うくらい、いいキャラクターだった。
ベストパートナーはもちろんニッチだけどね。ニッチがいったんラグとお別れしなければならなかったときは相当嫌だったが、戻ってこないはずはないと思っていたし、相棒として最高だったと思う。パンツをはかせてもらって相棒になる…という流れはだいぶ意味不明だが、ニッチは人ではないし、それもふまえておもしろい話だったので良いだろう。ニッチが成長してナイスバディになるところを見たかったよ。
ラグの秘密
人工太陽から生まれた子どもの1人がラグだった。生まれたシーンもまたキモくて、心が綺麗なだけじゃないってことが表現されているかのよう。でもそこから生まれるのが人であるというのは、なんとなく理解できてしまうんだよね。たくさんの人の「こころ」が人をつくる。これはリアルな世界においてもまったく同じだと言える。もうこの時点でラグが返還されてしまうフラグが立ち、最後まで読みたくない気分へ…絶対に生きてほしい。そう思っていたのに、ニッチと共に新たな太陽になるなんて…体に精霊琥珀を宿しているラグが、自分自ら輝く道を選ぶのは間違いないコースだったとはいえ、スピリタスがなくなってしまっても輝く太陽をつくる方法がなかったのだろうかと苦しい気持ちだ。
結局ね、この物語における敵というのは、スピリタスだったのであり、人ではなかった。人も争っていたが、最終的にはもっと大きなものとの戦いになり、団結していったわけだけど、テガミバチの仲間、シルベット、ノワール、いろいろな人たちの心に悲しいものを残してしまったと思う。「こころ」は綺麗なだけじゃない。楽しく輝くだけじゃない。それはブレないテーマの一つだったのだろう。
ノワールが心を取り戻してゴーシュとなることはないけれど、ラグのおかげでゴーシュはまたテガミバチになりたいと願う。そうやって心でつないだものがずーっと誰かに受け継がれていくことを予感させた終わりだった。それこそが、作者の伝えたかったことなのかもしれない。
ステーキの気持ちになれ
ラグとニッチは仲良く太陽になったが、ステーキは愛する妻と子どもを持つ身として残された。この悲しさと言ったらない。最後まで一緒にはいれない悲しみ。これもまたエグいと思う。ラグとニッチ、両方と時間を共有してきた彼の悲しみ。…せつなすぎた。別にステーキ何もやってないんだけどね。ただ存在していたんだけどさ。
鎧虫が人のこころを食べていたのだが、でもそれを利用して輝かせようとした人間がいて、結局は人が悪かったりして…巡り巡って人の心の弱さ、強さ、そして曖昧さが伝わってくるお話であったと思う。かわいらしいイラスト、かわいらしい目的での旅が、いつの間にかかなり壮大なテーマとなって超大作になった。「こころ」そのものを武器として闘うスタイルは「気」を武器として闘うのともまた違った印象を与え、よりせつない気持ちにさせてくれた。熱血で鬱陶しいわけではなく、きれいで、穏やかな余韻の残る物語だった。
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