スタジオジブリ旗揚げ直前の宮崎作品! 考える必要が無い楽しさ - 名探偵ホームズ 劇場版の感想

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スタジオジブリ旗揚げ直前の宮崎作品! 考える必要が無い楽しさ

4.04.0
映像
4.0
脚本
4.5
キャスト
4.0
音楽
3.0
演出
5.0

目次

宮崎駿40歳の作品! 若さと勢いがほとばしる!

本作は1981年、イタリアの放送局からの下請けとして東京ムービー新社が制作したテレビシリーズの一部を劇場版ように再編集したものだ。

いろいろな事情があってテレビシリーズの制作は一時お蔵入りしていたようだが、そのあたりの成り行きはWikipediaなどでも記載されているのでここでは説明しない。

宮崎駿の名で語られることが多い本作だが、テレビ版26話のうち宮崎駿が監督を務めているのはわずか6本だ。

ホームズが主役であること、キャラクターが犬であること、子供向けとして制作し暗い描写は避けること、などの指示はイタリア側からあったらしい。

その後のジブリ作品のように宮崎氏が企画から担当したものではなく、絵コンテ、演出を担当した、と認識した方がいいだろう。

とはいえ、この劇場版はその6本のうちの2本を若干の修正を加えて放映されている。

その画面は間違いなく躍動感に満ち溢れていて、この時期の宮崎駿ならではの、見た者が走り出したくなるような元気が出る作品だ。

85年のスタジオジブリ設立の前に制作された作品であり、世界の宮崎駿と言われる以前の、大作志向ではない軽く楽しんで見ることが出来る作品という意味合いもある。

彼はこの時まだ40歳、近年は引退詐欺などと言われ、さすがに老いは隠せないが、30年以上も前の若い宮崎駿作品からほとばしる勢いや元気を全力で味わいたい。

犬なのにかっこよくて、可愛くて、美しい

本作では全キャラクターが犬である。

犬なのに、ホームズはかっこよく、エリソン夫人(テレビ版ではハドソン夫人)は美しく、ポリィは可愛い。

何故犬がこんなに美しいのかと思いつつも、エリソン夫人を見たくてこのシリーズを見ている人は多いだろう。

この劇場版では夫人の年齢は特に触れられないが、テレビ版第4話の説明では19歳の未亡人、ロンドン随一の美人という設定もある。

キャラクターデザインと数話の作画監督を務めた近藤喜文氏、恐るべしである。

近藤氏は宮崎駿と高畑勲の作品の多くの作画を担当している。

宮崎、高畑両氏が近藤氏に自身の作品に加わってほしい、と争っていた、という逸話はジブリ関連の裏話でよく出てくる話だ。

一瞬の無駄もなし、宮崎駿演出が光る! 「青い紅玉」

この劇場版はテレビ用に制作した2本から成っているが、1本目の「青い紅玉」は全シーンが憎らしいほどに磨き上げられた宮崎駿の名演出が光る。

具体的なシーンとその価値を上げよう。

まずオープニングの怪飛行機から宝石泥棒事件、ここまでの2分でホームズの冷静な判断、モロアッチ教授(テレビ版ではモリアーティ教授)が悪党であること、謎の少年がスリであることを視聴者に知らしめる。

劇場で初めてホームズを見た人にももれなく楽しんでもらう道筋を作っている点で親切でもあり、上手い手法でもある。

ホームズの家庭での香水制作実験が謎だがエリソン夫人の「ずいぶん素敵な臭い」「可哀そうなワトソンさん」という返しでホームズの変人っぷり、ワトソンが助手でありホームズが物事を主導している事、それを見守るエリソン夫人の関係も明確だ。

事件の依頼を受けて彼らの職業を明確にした直後に、今回のゲストキャラポリィと遭遇。

ワトソンの財布がすられたと思わせてホームズが持っているという演出で、彼女の職業とホームズの優秀さを披露。

間髪入れずにポリィがモロアッチ一派の襲撃を受ける。

ここまでのサクサク感を途切れさせず、カーチェイスはたっぷり見せて視聴者を楽しませ、このわずかな間にホームズ、ワトソンとポリィの信頼関係を構築している。

更に彼女の隠れ家への入り口が宮崎駿的からくりで心地よい。

「スリ」という直接的な言葉を使わず、「指使い」と言っているのも粋だが、「あんたもね」と返す言葉でホームズの技能を認め、彼が子供にとって小うるさいだけのうざい大人でないことを認めている。

どのシーンにも実に無駄が無い。

そしてテンポを変えてのポリィの部屋での食事シーンは優しい雰囲気、ホームズとワトソンが「良い大人」であることを印象付け、スリの子供だけどいい子だよ、と視聴者も仲間に引きずり込む。

画面が変わってモロアッチ教授の隠れ家では乱雑な様子、子供を「たらしこむ」などと下品な言葉を使い対照的な「悪い人」をイメージづける。

とは言えスマイリーとトッドの調理シーンはシンプルに笑える演出を入れて、「悪党」ではあるが「怖くない」、子供が安心して見て良いのだ、と教えている。

ポリィがさらわれた直後にウィニーを拾うホームズ、車で緊急出動するとき門を開けるエリソン夫人、このわずかな動作が、見る側の心に響く。

続いてプテラノドン型飛行艇とのチェイスだが、翼上を走るポリィが一瞬だが未来少年コナンを思わせ、オールドファンを沸かせる。

飛行艇の破損で、トッドとモロアッチが脱出した後、重量が軽くなったことでわずかに上昇するシーンでも宮崎氏の航空機好きが見えてファンはニヤリとする。

その飛行艇が帆船に向かう絵面は劇場の大画面にも映える見ごたえあるカットだ。

そしてホームズの愛車の跳ね橋ダイビング、間髪入れずポリィ決死のジャンプが思い切りが良い。

怖くて飛ぶかどうか迷う、という演出がありそうだが、そのようなありきたりな演出で盛り上がりを妨げない。

車は大破したが、3人が橋を滑り降りてきて無事を知らせ、最後にウィニーが帰って来ることで平和が訪れたことを象徴している。

ルビー奪還の報酬もポリィに渡るよう采配し、最後まで「いい大人」であり続けるホームズとワトソン。

帰りを待つエリソン夫人の存在も思い出させて一件落着。

完璧な大団円までに無駄なシーンは一秒たりともなかった。

モブシーンとバカバカしさが見どころ 「海底の財宝」

この回は「青い紅玉」のような粋なセリフや、スピード感のある演出は押さえて、バカバカしさを追求している。

手旗振動で「アッカンベー」と意思表示するモロアッチ。

海軍司令官と意地の張り合いをするワトソン。

モロアッチ教授へのクレイジーなまでの艦砲射撃。

それが大して効果を上げないのに一発の魚雷で沈没する巨大な軍艦。

それ以外でも、危機を知らせに来たはずのホームズたちが撃ち落とされたり、延々と続く司令官と大佐の兄弟喧嘩など、とことんバカバカしい笑いに走っている。

「青い紅玉」のようなハイセンスな回の方がアニメファンの心を掴むだろうが、子供向けという一点ではこの回はやはり優れているだろう。

 

また、今回はモブシーンも見どころだ。

潜航艇制作の工員たちが一斉に食中毒になるシーン、

下水道に潜伏するモロアッチ教授一味に群がる警官隊、

魚雷の一撃で轟沈する軍艦のマストに上がる水兵たち、

どのシーンもよくかきこんだなあ、と素直に感心する。

 

バカバカしさ、モブ以外の味わいもあげてみよう。

オープニングの海底シーンは未来少年コナンのやはり冒頭の凶暴なサメ:ハナジロとの対決を思い起こさせる。

飛行船でモロアッチ一味を探すシーンで道中情報をくれる人々が、一瞬しか登場しないのに生き生きとしている雰囲気はラピュタを思わせる。

ホームズとワトソンが誘拐同然に連れてこられたことに腹を立て、テーブルに足をのせて無言の抵抗をしているのは権力に影響されない男たちであることの表れだ。

潜航艇奪還に巨大軍艦を出す気配に知らん顔で家に帰ろうとするホームズもさっそうとしていてかっこいい。

テレビ版を合わせてみると面白さ倍増

劇場版とテレビ版を見比べるのもかなり楽しみがある。

テレビ版はホームズ、エリソン夫人を演じる声優が違うのでかなり雰囲気が異なる。

テレビ版ホームズは広川太一郎、故人であるが往年の名声優でオールドアニメファンにとってはキャプテンフューチャーで有名だ。

テレビ版エリソン夫人は宇宙戦艦ヤマトの森雪で有名な麻上洋子、本作が制作された80年代にはまだまだ活躍してたんだな、という感慨にふけるのも楽しい。

声優以外では主題歌、効果音、BGMも違う。

個人的にはBGMはテレビ版の方が臨場感では上なように思う。

一方劇場版にはテレビ版未収録のカットもあり、上記で指摘したポリィの部屋の入口のからくりやスマイリーとトッドが食事の支度をするシーンなどが面白い。

 

総括すると宮崎駿作品は大作ではなくても様々な楽しみがある、と言えるだろう。

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