「不愉快で手厳しい」というテーマの小説 - ビッグ・ドライバーの感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

ビッグ・ドライバー

3.503.50
文章力
4.00
ストーリー
4.00
キャラクター
3.50
設定
3.50
演出
3.00
感想数
1
読んだ人
1

「不愉快で手厳しい」というテーマの小説

3.53.5
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.0

目次

原題「Full Dark,No Stars」からの1冊

この「ビッグ・ドライバー」は、「Full Dark,No Stars」から2分冊されたうちの1冊で、もうひとつは「1922」と言う名前で出版されている。この「Full Dark,No Stars」に収められている4作品を2作品ずつにわけたわけだが、この4作品は作者によるとこれらはharsh、いわゆる“不愉快で手厳しい”と言う言葉がテーマになっているという。その言葉通りすべての作品は時に不快で(「Big Driver」、時には凄惨で(「1922」)、時にはこの上もなく後味が悪いものだった。
とはいえ、だからといってそれらはマイナス要素だったわけでない。後味が悪かったり、痛々しかったりしながらも、スティーブン・キング特有の映像的な文章でどんどん物語に引き込まれていく。
不愉快で不快で手厳しいような小説は数多くあるけれど、そういう類のものは読み進めていくうちに向こうから敵意を感じるというか、だんだん腹がたってくるような低俗な感じがして最後まで読めないものも多い。だけどもスティーブン・キングの場合はそういうことを感じたことはなく、たとえ不快で凄惨で後味が悪くとも、質の良いサスペンスホラーとして成立している。それはすべてキング自身の卓越した表現能力とストーリー性があるからに他ならない。

作家が出会う災難

スティーブン・キングの作品には時々作家が主人公として出てくる。そしてその主人公の作家が災難に会うというストーリーで真っ先に思い浮かべるのは「ミザリー」だと思うけど、今回の「ビッグ・ドライバー」の主人公は女性の作家である。講演を終えた帰り道、快活で陽気な責任者に教えてもらった近道を使ったばっかりに出会ってしまう災難。ただでさえ恐ろしい出来事が相手が大男であるということで余計恐怖を煽ってくる。暴力と暴行で朦朧となりながら彼女テスは見る風景も映像的だ。大分前に閉鎖されたであろうダイナーの風景、匂い、埃の飛ぶ様。そういったものが頭の中に映像として流れ込んでくる。その合間にテスの恐怖が細い氷のように差し込まれる。スティーブン・キング特有の装飾のない映像的な文章が、彼女の周りの風景と彼女の心理まですべてを物語ってくれた。冒頭からここまでがあっという間で、息を継ぐ暇もないくらいのストーリー展開だった。
ふらふらになりながら自宅に帰り着くまでは、無事に帰れるのかどうか背後を気にしながら道を進むテスに感情移入してしてしまい、こちらもハラハラしながら見守った。そこまではよかったのだけど、自宅にたどり着いてからどうもストーリーがドーンダウンしてしまったように思える。もちろんすぐに病院に行けとか証拠を残すべきとかそういった理性的なことではなく、復讐に気持ちが転じていくのが早すぎるように思えたのだ。そう思えたのはもしかしたらテスのそういう気持ちが移り変わっていく様があまり描写されていないからかもしれない。自分にされたことを受け入れるのに(特のそのような一方的な暴行の場合)覚悟がいると思うし、それにはかなりの時間がかかると思う。そこから転じて怒りになるのはわかるのだけど、それが早すぎるように思ったのだ。またそこから進む復讐劇もいささか先を急いだような展開で、若干の物足りなさを感じた。最後の最後そっくりな兄弟にまたもや惑わされて間違った人を殺してしまったあたりはサスペンス要素があって良かったのだけど、そこからラストに向けてはどうも消化不良であるといっても過言ではない。

わかりづらかった設定と安易にも思えた解決

テスは作家だけあって想像力は人並み以上である。その想像力を生かして思考を自分ひとりの内面だけで収めずに、話すはずのない様々な周りのものが自分に向かって色々話しかけてくる形をとって、自分自身が色々な立場にたって話している。そうすることで客観的に物事が見ることができるのかもしれないけれど、この設定はこの長さの小説では若干寸足らずというか説明が足りなさ過ぎるような気がする(いきなりカーナビが話すものだから、個人的にはいささか混乱した)。読み進めていくうちにテスが話していることに気づくのだけど、わかりにくいし読みにくいし(特にセリフだけで話が進んでいくときには)で、この設定はもうすこし捏ねたほうがいいのではないかと思った。あとテスの作品<ウィロー・グロープ編み物クラブ>シリーズは、どことなく作品自体を軽くしすぎというか、別にそんな軽いタイトルでなくとももっと普通のタイトルでいいのではないかと思った(とはいえ、ジョアン・フルークの<お菓子探偵ハンナ・スウェンソンシリーズ>は好きだけれども)。
またレストランの車預かり係の女性が全面的にテスに協力するのも(同じ過去があったにしても)展開が早すぎる。イメージとしては別に書きたいストーリーが思いついたので簡単に早く終わらせたがっているような印象を受けたラストだった。

結婚して暮らしてきた相手が連続殺人鬼だとしたら

個人的には「Full Dark,No Stars」の中でこの作品が一番だと思う。妻ダーシーは27年もの間一緒に暮らしてきた相手が世間を震え上がらせていた猟奇殺人犯だったことにささいな日常の行動で気づく。彼女は本当に何も気づかずに生きてきたから、この衝撃と恐ろしさはどれほどのことだっただろう。テレビのリモコンの電池さえ切れなければ彼女はずっと気づかないままだったに違いない。出張先から夫ボブが電話をかけてきてそれを受けたダーシーの話し方のちょっとした違和感に敏感に気づき、急遽ひそやかに戻ってきたボブの行動と表情は穏やかで愛情あふれている分余計に気味悪く恐ろしい。あのあたりの描写はリアルで映像的で、そのまま夢に見てしまいそうなくらいの恐怖だった。それは映画だと「ケープ・フィアー」とか「危険な隣人」などを彷彿とさせるような、外面は素晴らしい分その内面の異常さを際立たせているような、そんな恐ろしさだった。
ダーシーが子供たちを中傷などから守るため夫を通報せず、そのままの生活を続けようと努力する様は特に女性なら誰しも共感してしまうものかもしれない。だけれども犠牲者のことを思い、そこには幼い少年までも無惨に殺されたことが彼女を苦悩させた。その苦悩の様が気の毒すぎて時に読むのにつらすぎた。
またこの物語の始まり方がいい。二人の出会い、楽しかったたくさんのデート、平凡だけど堅実で優しい夫、二人の美しい子供たち、幸せな日々の一コマ一コマ、そういったものが走馬灯のように書かれる。その描写も恐ろしく映像的で、スティーブン・キングの卓越した筆力と想像力を感じさせる。幸せな人生だったのに知ってしまったことでもう絶対に元には戻ることはできない。ダーシーのその絶望感と苦悩がこれでもかと書かれており、読み進めるのにつらさを感じるほどだった。だからこそ、この物語が「Full Dark,No Stars」のテーマである“harsh”がこの物語が一番効いているような気がする。

真実を元にした話ならではのリアリズム

驚くことに、この物語は実話をヒントにキングが書き上げたものとあとがきで書かれている。デニス・レイダーというその殺人鬼と妻のポーラは34年に渡って結婚生活を続けていたらしい。誰しも“知らなかった”ことを信じなかったけれど、キングはそれを信じた。そしてこの物語が出来上がったのである。村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」で“僕”がクミコが浮気をしていたこを全く気づかなかったと告白する場面がある。それは相手をまるっきり信用していたからだ。そのように相手をまるっきり信用していて疑うような要素がなければ(ましてや誰が夫が連続殺人鬼だと疑うのか)、知らないままというのは十分ありえることだと思う。
結婚し寄り添って生きてきた相手のことを自分はどれほど理解しているのだろう。この物語を読んだ後は誰しもそう思うに違いない。100%相手を知ることなんて絶対にないのだから。
この「素晴らしき結婚生活」は映画「ファミリー・シークレット」の原作となっている。映画はまだ見ていないけれど、機会があれば観てみたいと思う。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

ビッグ・ドライバーを読んだ人はこんな小説も読んでいます

ビッグ・ドライバーが好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ