叙述トリックを生むための工夫 - 星降り山荘の殺人の感想

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星降り山荘の殺人

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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1
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叙述トリックを生むための工夫

4.04.0
文章力
4.5
ストーリー
3.0
キャラクター
3.5
設定
4.5
演出
5.0

目次

ストーリーの簡潔さとトリック

読者をミスリードさせ、叙述トリックにはめるために、筆者はこの作品の至る所にタネをまいている。その一つが、ストーリーの簡潔さである。一度この作品を読んだことがある方なら、この作品のストーリーそれ自体は、他のミステリと比べ、特別意外性があるわけでもなく、物語に起伏があるわけでもない、いたって平均的なミステリであることは承知だろう。が、この簡潔さこそが、第一のタネなのである。あらすじとしては、主人公を含む九人の登場人物が、山奥の山荘に集まり、悪天候のため下山困難となり、山の中で過ごすはめになる、ミステリにありがちなクローズド・サークルものである。そして、その密室状態の環境の中、殺人が起き、探偵役が持ち前の推理力で事件を解決に導く、そんなありふれた内容である。淡々とストーリーを進めることで、読者を油断させているのだ。「これだけ内容が平凡ならトリックも大したことないだろう」と思わせる効果を持っているのである。平凡な内容なだけに、叙述トリックに気づいた時の驚きも倍増する。このギャップこそが、筆者の撒いた第一のタネだ。

キャラクターとトリック

第二のタネはというと、本作品の登場人物である。主人公を含む九人はそれぞれ、年齢も性別も職業もばらばらであり、誰が犯人であってもおかしくないという印象を読者に持たせ、犯人探しに読者の目を向ける役割がある、というのが一つだが、さらにもう一つ、主要キャラクターの性格が大きなポイントとなっている。まずは本編の犯人(読者が探偵役だと思い込んでいる人物)について。この男の初登場シーンに叙述トリックが仕掛けられているわけだが、このシーンで筆者は、彼に推理を披露させ、彼が探偵に違いないと読者に思わせる。また、彼のキザな性格も相まって、スムーズに読者をミスリードさせることができるわけだ。そして、本編の真の探偵役である人物について。仕事に関しては非常に有能である彼女だが、彼女の仕事はあくまで売れっ子小説家の秘書で、いわば光と影。陽と陰。目立たない存在として登場させることで、探偵役という主役たりえない人物という印象を読者に与える。世間知らずの女子大生、金に汚い強欲な社長、売れっ子作家、UFO研究科にスターウォッチャー‥など、多種多様な個性のキャラクターを登場させ、主要キャラクターの性格を工夫することで、叙述トリックから読者の目を逸らせているのだ。これが第二のタネである。

散りばめられたトリックのタネ

筆者の撒いたトリックのタネは、至る所に散りばめられており、これもまた、この作品が、他のミステリ作品と一線を画している所以なのだろう。注目すべきは三つ。この作品の謳い文句、あらすじ、そして作品の各章の冒頭部分に登場する注釈である。一つ目の謳い文句というのは、本についている帯に書かれているものだ。帯の前面には、「どんなに身構えて読んだとしても、きっと貴方も騙される!」と書かれており、背面には「本格の鬼を自認するミステリファンから若葉マークつきのミステリ初心者まで。誰が読んでも楽しめる、そんな一品に仕上がったと自負しております。」との文言が。読む前からあらゆる読者を戦闘態勢にしたうえで、騙す気満々のスタンスを取っているのだ。こうすることで読者を奮い立たせている。それでも騙すことができるという筆者の自身の自身の表れなのだろう。そして、二つ目の作品のあらすじについて。文庫本の裏表紙に載っているものである。そこには、本編のあらすじが簡単に述べられているが、その文末には「あくまでもフェアに、読者に真っ向勝負を挑む本格長編推理。」と書かれている。この「フェア」という言葉が重要なのである。正々堂々としたトリックで、あなたがた読者を騙しますよ、と堂々宣言することで、読者の頭から、トリックに関する一切の不条理を排除する。この筆者の一言で、我々読者は、「卑怯なトリックは使われていないのだな」と思わされ、探偵役≠犯という考えをインプットされるわけだ。そして、純粋な気持ちで読み進めていき、あの叙述トリックにまんまとはまることになる。まさにこの一文が、読者に催眠をかけるのだ。帯で挑発し、あらすじでなだめる。そんな効果がある。そして最後、三つめの注釈について。各章の冒頭部分に挟まれ、その章の内容をわかりやすく読者に示しているが、ご存じの通り、この注釈こそが叙述トリックの要となっているわけだが、ここにも筆者はタネを撒いているのだ。注釈に、「この後出てくる伏線に注意」や「これで登場人物が全て揃う」などと書くことで、読者の目を、その章の内容だけに向けさせる効果が生まれるのだ。このおかげで、注釈はあくまで注釈に過ぎない、特に重要ではないと読者に思わせることができるのである。これが第三のタネだ。

ストーリーの中だけでなく、あらすじや帯、注釈までもフルに活かし読者を騙す、筆者の技術に脱帽だ。

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