型破りで挑戦的ではあるがどこまでもまっとうな青春小説
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かけがえのない人を失った二人は、ヤツと闘うことが「できた」。優しい厭世観としてのチェーンソー男
かけがえのない人を失うという共通項を持つ山本 陽介と雪崎 絵理。二人は謎のチェーンソー男と命がけの闘いをしています。理不尽なほどに危険な状況ですが、しかし、山本たちは「彼」と闘っていられるという「幸運」の只中にいることもまた、事実です。
何せ、チェーンソーを持った意思疎通のできそうにない大男が相手なわけです。どれほど気分が沈んでいようと刃の行き先に全神経を尖らせねばならなくなりますし、事情を知った山本は絵理と離れることはできなくなり、絵理もまた、山本を頼らざるを得なくなっていくわけです。束の間ひどい現実を忘れ、独自のルールが定められた状況に没頭する、となると、ゲームにのめり込むような雰囲気もありますが、それは山本にとっても絵理にとっても必要不可欠な時間だったのでしょう。「彼」はその場と時間を提供してくれたわけです。
また、絵理の気持ちが沈めば沈むほど「強くなる」という、「新世紀エヴァンゲリオン」のシンクロ率にも似た「ルール」にのっとってチェーンソー男は動いているわけですから、恐らく絵理は見えないところでメンタルの自律にも努めていたはずです。泣き明かし続けるのではなく、毅然と普段通りの生活を続け、一人で家を守り生きていく。彼女のそうした態度を支えているのもまた、チェーンソー男の存在あってこそであり、さらに言えば可視化されているから対抗することができているとも言えます。もっとも、かなりおバカっぽい感じながら自分にはないものを持っている共闘者に惹かれかけていた絵理のメンタルバランスが、山本の転校の話を聞いてから崩れてしまうようなこともありましたが、その際山本が戦いという形を取ってサポートできていたのも、相手がチェーンソー男だったからに他なりません。でなければ、思いを伝えきれずに転校、となっていたはずです。
作品を読み進めていくと、チェーンソー男という存在自体が、彼らの「死にたい、でも完全に方向を決めるのも嫌だ」といった意思の現れであることが暗喩されているようにも思えてきますが、だとすれば二人はかなり幸運です。ちゃんと気を確かに持って、二人で協力していけば僕は簡単に倒せるよと、明確な解決方法まで示してくれているのですから……。
モヤモヤしてはいるものの温かくて幸せなセカイ
では何故「彼」が、もっとどうしようもないほど強い存在ではなかったのか、と考えたところで見えてくるのが、二人が置かれた「温かな」状態です。まず絵理は有名進学校に通えるだけの頭脳があり、運動神経抜群です。一方の山本の学力にはやや難があるものの、彼を見守る教師は昔気質の良い先生で、生徒と胸襟を開いて話したり、成績が悪いなら何度でも追試をやる、つまり落ちこぼれさせないという信念を持っている人です。
山本の下宿には美人で本気で心配してくれる管理人さんがおり、絵理の両親は多額の保険金を遺し、叔母さんも様子を見に来てくれます。そして山本が学校にいけば、親友である渡辺がバカ話で盛り上げてくれたりします。結局のところ二人は、立場こそ違えどある面では「リア充」であり、その立場を活かしてうまくやる術を心得ています。だからこそ、事件にも打ちのめされずにどうにか日常を続けていられるとも言えますし、そんな彼らでさえ死にたくなってしまうほどの重大事だったと言えます。
本作は、完璧に「セカイ系」の装いを取っていますが、主人公とヒロインの外側の世界をまったく否定していません。むしろ、モヤモヤしてはいるもののいいところだよ、と伝えているようでもあります。
ほんの少しの勇気と意思を持って、一歩前に進めば未来が変わっていく、と柔らかに示す
結局二人の戦いは、山本がバイクを駆って闘争現場に突撃したことで終わり、山本の転校は親を説き伏せることでなくなりました。両想いもかない、まさしく大団円と言ってもいいでしょう。
そう、この結末に至るに際しての行動は、他のアクションものや伝奇ものの作品に比べればごくささやかなものです。しかし彼らは紛れもなく動きました。電話で親に話しにくい相談を打ち明け、説得する、困っている彼女のもとにすぐさま駆けつける、といった程度のことですが、それでも現実には面倒なもの。山本には壁を超えるだけの、ほんの少しの勇気と意思があったのです。
特に努力を重ねたわけでもない主人公が、たったこれだけのことで話を終わらせてしまうというのはアクション作品としては型破りですし、迫力のあるシーンを描くにあたって、終始無言でろくなリアクションも取らないチェーンソー男を敵役に据えたことに関しては挑戦的ですらあります。しかし、純粋な青春小説として見るならば、「ほんの少しの勇気と意思」を何よりも大切にすることはきわめてまっとうでしょう。「学校でのいじめ」や「充実した部活動」、それに「好きな相手への告白」など、ほんの一言が口に出せるかどうかでその先がまったく違うことも多いわけで、それをテーマにすることはまさしく王道だとも言えます。
本作は第五回の角川学園小説大賞の特別賞を受賞しましたが、意思ある一歩のメッセージは、まさしく現役で学校に通う若者たちにこそ大切なものであり、たっぷりと魅力や娯楽的要素を含みながらもそれだけでは終わらない、ぽうっと柔らかな灯りで人を導く街灯のような作品であり、実際に山本と絵理のエピローグでもって、「自力でも『いい時』を作れるし引き伸ばせるんだよ」と示してもいます。
見た目のハードさに反して良い意味で非常に優しくかつ有意義な指針を示している作品であり、先の見えにくい今だからこそ読み継がれて欲しい一冊です。
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