ようこそ、地獄という名の船上へ。 - 蟹工船の感想

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蟹工船

3.503.50
映像
3.50
脚本
4.00
キャスト
3.50
音楽
3.00
演出
3.00
感想数
1
観た人
1

ようこそ、地獄という名の船上へ。

3.53.5
映像
3.5
脚本
4.0
キャスト
3.5
音楽
3.0
演出
3.0

目次


地獄に差し込んだ一筋の希望の光。いざ、立ち上がる時。そしてもう一度。

生臭さが漂う船内。うさぎが飛ぶぞと声が上がった次の瞬間に船内はぐらりと大きく揺れる。ここは蟹工船…オホーツク海、カムチャッカ半島沖海域にその船、秩父丸は漂っていた。声さえも凍えるような寒さに震えながら日々単調な作業を劣悪な環境下で働き続ける出稼ぎ労働者たち。国家的事業の名の下に暴力と権力を振りかざす絶対的支配者の浅川。この絶望の終わらせ方は来世のみとある一人の漁夫が言い出したことにより差す光。弱者が強者に立ち向かう時は静かにやってきていた…

単調で過酷な日々の中ただ機械の歯車のように働くだけの毎日に終わりの見えない地獄、絶望の中で見出す希望、何度打ち砕かれても立ち上がる、弱い者が強い者を打ち砕こうとするストーリーは数あれどどれもやはり明日への勇気と立ち上がる気力を奮い立たせてくれる。「蟹工船」はそんな物語の中でも郡を抜き悲劇的なまでに絶望、郡を抜いてちっぽけな希望に縋り付く労働者たちの物語。そんな小さな希望でも失わず持ち続ければいずれは勝てる時は果たしてくるのだろうか。


プロレタリア、戦前の革命。


プロレタリアとはドイツ語で賃金労働者の階級、無生産者という意味。そしてプロレタリア文学は共産党主義思想に基づき戦前の日本帝国の現実を書いた文学のこと。

「蟹工船」は1926年に発表された小林多喜二の小説。プロレタリア文学と中でも特に代表作とされ国際的な評価も高くいくつかの言語に翻訳され出版されている作品。この映画を観た後ですぐ原作を読んでみたくなり既に著作権が失効していたので青空文庫で読ませていただきました。

「おい地獄さ行くんだで!」この言葉から物語は始まる。小説では主人公はおらず酷使されている労働者達の様子が書かれている。労働者達は糞壷と呼ばれる区切られた狭い寝床で眠り粗末な飯とガタガタに壊れかけたストーブは湯気が立つと蟹の生臭い匂いが立ち込める。そんな中で生理現象との辛さにも悶え溜まった欲望をどうしていたのかまで書かれていました。それに比べ浅川監督たち強者の生活は船上といえど優雅なもの、労働者と浅川たちとにどれだけの差があるのか伝わってきます。映画でも同じ船上で生活の圧倒的違いがよく描かれているところが印象的。作者である小林多喜二さんの最期は同志に会う為に待ち合わせた場所に特別高等警察が踏み込み捕まった小林は思想を変えることを拒否した為に拷問の死亡。当時は心臓麻痺と発表され、遺族に遺体が返された後明かな拷問の後に解剖を要請しても特別警察を恐れどこの大学も引き受けてはくれず終い。作品・作者共に当時の時代背景についてよく分かるこの一作。作者自身も権力と戦いそしてのちにプロレタリア文学の代表作として名を残し真実が公になったことを踏まえてもう一度映画を鑑賞するとまた観方も違う。

閉鎖的な希望、強い者と弱い者。

2009年の蟹工船での主人公は松田龍平さん演じる漁夫・新庄。松田龍平さんといえば永遠の大スター、この方に憧れて俳優を目指した大物俳優の方も少なくない松田優作さんの長男。弟には同じく俳優の松田翔太さんという一流芸能一家生まれの俳優。デビューは中学三年の時大島渚監督から直接オファーをいただき役者の道を選ぶ。漁夫の仲間には新井浩文さんや滝藤賢一さんなど個性派と名高い俳優たち。そして絶対的権力を握る浅川監督は今や女性に大人気の西島秀俊さんが演じる。

個人的には西島秀俊さん演じ浅川がこの物語において一番魅力的なキャラクターではないかと思います。映画での浅川は血に濡れたのかもしれないと思わせる赤が付着した薄汚れた白いスーツにロングコート。目には傷があり杖代わりの棍棒で容赦ない制裁を下す、まるで人を食ったような男。慈悲もなく国家権力に忠実な酷薄な男を見事に演じている、西島秀俊さんが出演している映画・ドラマはよく観賞しますが近年演じられたシリアスでハードボイルドな役柄とは全く違う、汚く無慈悲に残酷、でも美しささえ思わせてしまう浅川監督がこの映画の中で実は最も魅了されてしまう人ではないでしょうか。船の中というある種一つの密室、一つの国家ともなり得ている状況下で王座に君臨する浅川。その浅川を王座から引き摺り下ろすことが果たして出来る時が来るのか。

絶望だけが蔓延する環境下で異色の存在を放つ新庄は不幸自慢をしたり家族を恋しがる皆を馬鹿にし次第に仲間たちを引っ張っていくリーダーとなっていくが誰よりも家に帰りたかった一人、惜しくも浅川に敗れた後意思を継ぎもう一度と立ち上がる雑夫・根本は高良健吾さんが演じる。新庄のリーダー的素質に惹かれ権力に立ち向かわんところで物語は映画・小説ともに終わってしまう。何ともその続きが気になってしまうという嫌な終わり方だけれどだからこそ次は権力に打ち勝ったかもしれないと思える希望があるのかもしれない。

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