プロによる完璧な漫画
演出力でラブひなに敵う漫画はない
かわいい女の子がたくさん出てきて主人公がエッチな目に遭うラブコメ漫画。
それ以外に評価すべき点はこの漫画にはないと言う、評論家や漫画家も多い。
確かに、ラブひなが手塚作品やドラゴンボールと並ぶ作品などという人は少ないだろう。
お下劣でエッチでひたすら居心地のいい話が続くのだから。しかしラブひなが漫画界に残した功績は大きい。
ラブひなはどうしてこんなにも心地の良い読書感があるのだろうか。
劇的な展開や葛藤があるわけでもないのに、読む人はページを捲る手が止まらない。
当時としては絵が洗練されていてかわいいというのもあるだろう。
しかし、注目すべき点はその演出力にある。
演出とは他人に与えたいイメージを正確に伝えるために行う工夫のことだ。
例えば、漫画家や映画監督ではなくても、普通の人達だって演出は行っている。
デートに行くときには、恋人に気に入られるよう性的なアピールができる服装にするだろうし、上司に会うときにはかしこまった服装にするはず。
漫画でいう演出力とは、コマ割り、またはネームを作る力のことを言う。
文字を読ませながらストレスなく絵を見せるには、計算された視線誘導が必要になる。
右から左に、そして上から下に読者の視線を動かすために、ラブひなは完璧なコマ割を行っている。
主人公の顔が次に読むべき台詞の文字を向いていたり、背景の消失点が次に読みべきコマへと向かっていたり、読者に気づかせないよう巧に工夫がなされている。
アニメ方式の漫画制作
どうしてこれほどまでに計算されつくしたコマ割ができるのだろうか。
赤松健は大学時代、漫画研究部だけではなくアニメ研究部にも所属していた。
アニメを作るにはまず、コンテという映像の設計図を作ってから制作を始めなければならない。
漫画では背景をごまかせても、アニメではそういうわけにはいかないのだ。
例えば雲の形を三角形に似た形にすればそのシーンは落ち着いた雰囲気になるし、逆三角形にすれば不安な印象を与える。
日の光の入り方や、雪の降らせ方、そしてラブひなは桜の花びらの使い方が実に見事だ。
最終巻の最終ページの絵は、それ一枚だけでも絵画にできそうなほど美しいレイアウトになっている。
見晴らしのいい屋上からの景色には、壮大な海があり空があり眩しい太陽があり、そして桜の花びらが散っている。
ラブひなの居心地の良さを演出しているモチーフが、最後のページにはすべて詰まっている。
この空間で景太郎や成瀬川がいつものやりとりを繰り広げているだけで、ラブひなは成立してしまう。
温泉宿に実際に取材に行き、膨大な実写資料を基に作り上げた背景素材などが、リアリティを保証している。
他の漫画家にはできない、情報量の多さが赤松漫画の優れている点だ。
背景の作り込みのすごさは、赤松健がアニメ畑出身であることも影響しているように思える。
もしも赤松健が漫画ではなくアニメの道に進んでいたならば、間違いなく名のある演出家になっていたに違いない。
ラブひなが果たした功績
演出がすごいのはわかったが、ラブひなが後世に残したのはそれだけだったのだろうか。
東大にまつわるストーリーは江川達也の東京大学物語がやっていたし、ヒロインと同じ屋根の下でイチャイチャするというのはめぞん一刻がやっていた。
それでも、ラブひな以降と以前では漫画業界の流れは明らかに違っていた。
涼夏はラブひながなければ存在しなかっただろうし、ニセコイに至っては結婚の約束をした幼馴染みは誰なのかというミステリーがラブひなそのままだ。
ラブひなが一つ大きな流れを作ったと思われるのが、暴力を振るうヒロインだ。
景太郎がエッチなことをしてしまった罰として成瀬川パンチを食らって落ちがつく。
これは2000年代から現在に至るまで散々真似されてきたキャラクターのパターンだ。
ライトノベルでは成瀬川の暴力の部分だけがキャラ立ちとして真似されたあげく、あまりにも多すぎるので暴力を振るうヒロインが嫌われてしまった感がある。
それくらい成瀬川は完成されたキャラだったし、ラッキースケベ展開には必要不可欠な存在になった。
楽しいことだけが延々と繰り広げられるという萌え系漫画の流れを作ったのも、またラブひなの影響があるだろう。
敵となる明確な悪人が存在せず、かわいい女の子達と毎日ドタバタなコメディを繰り広げる。
変わらない日常を日々送るだけで、登場人物達の関係性は変化しないし、ストーリーもたいして進まず、劇的な展開は訪れない。
近年のアニメや漫画の一ジャンルは、ストレスのない優しい世界を目指している。
ラブひなは現在の萌え日常漫画と比べても引けを取らない居心地の良さがある。
温泉街の女子寮という最高の舞台を用意し、かわいい女の子達の裸を見てしまったり、好きになったり好かれたりを楽しむ。
ストレスがないどころか、読者の願望をひたすら叶えるための夢のような世界だ。
赤松健は読者の欲望を満たすために必要なテクニックをすべて持っていた。
ラブひなが一千万部以上の売り上げを叩き出したのは、偶然ではなかったのだ。
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