人間の弱さ、その美しさ
教科書に載る教科書に載るべきではない作品
最初に断っておくが、私はこの作品が嫌いである。女性と子どもを捨てて自分の国に帰るという内容を美化したものに過ぎない。高校生の頃、教科書で初めて読んだ時のそんな印象が今になっても拭えないからだ。今回レビューする表題の舞姫という作品であるが、多くの人が教科書で読んだことがあるのではないかと思う。長年、私が思っていたのがこの作品は教科書に載るべきなのかということである。
自分の子どもを妊娠した女性を置き去りにして自国に帰るというこの作品を高校生に読ませることで一体何を考えさせようというのであろうか。正直、私が高校生の時はこの結末に関し不快感しか残らなかった。とりわけ女性の立場から読むとざらりとした気持ちだけが残るのではないか。高校生にそれ以上の感想を求めるのは困難なのではないかと今でも思う。私のように、高校生の時に教材として読まされたがためち何と無くその時に感じた悪印象が先入観となりその後何度よんでも嫌悪感を拭えないということもあるだろう。嫌いだと最初に言い切ってしまった私が言うのもおかしな話であるが、この作品をそんな風に思ってしまって遠ざけてしまうのはとてももったいないことだと思う。
だから、この作品を高校生が読むこと自体に反対する訳ではないが、この作品を教材として画一的に解釈することは難しいし向かない作品なのではないかと思う。
人間の弱さ、その美しさ
改めて思うのは、この作品は解釈が分かれるし、非常にその解釈は難しいということだ。
あくまで私なりのではあるが、大人になってから思うようになった私なりの解釈を述べたい。
この作品は、非常に美しい作品である。何故なら、この作品の登場人物は皆総じて弱いからだ。妊娠した状態で豊大郎に捨てられることで狂人となってしまったエリスはもちろんのこと、異国の地で名も無きまま終わることに恐れを抱きエリスを捨てて日本に帰ることに決めた豊大郎などは人間の弱さの体現といえる。つまり、この作品は人間の弱さを表現した作品なのである。人間の精神は、しばしば弱く、脆弱で、儚い。私達は、散っていく花や、今にも壊れてしまいそうなガラス細工に魅了される。私達は弱く儚いものを尊く美しいものとしてとらえるのだ。
だからこそ、私達はこの作品を美しいと感じるのだろう。
舞姫とその現実
私はこの作品が美しいのは人間の弱さを描いているからだと述べた。この作品は森鴎外の体験に基づいて書かれたものであり、エリスにもモデルとなった女性がいる。ただ、現実はこの作品のようにはいかなかったらしい。つまり、エリスのモデルとなった女性は決して弱い人ではなかったようである。エリスとなった女性は森鴎外が日本に帰ってしまった後、森鴎外を追いかけて日本までやって来ている。肝心の森鴎外はこれを歓迎するでもなく、お金で解決し追い返してしまったようである。この時のエリスのモデルとなった女性は、「普請中」という他の作品でも描かれているが、この作品におけるエリスは全くもって弱い女性ではない。むしろ、1人で生きていける強さをもった当時における現代風の女性の姿が描かれている。こちらの方がより現実のエリス像に近かったことが伺われるが、何故、森鴎外はエリスをあのような書き方で表現したのだろうか。
あくまで「舞姫」のエリスは理想に過ぎなかったのだろうか。
私は、森鴎外がエリスをあのように弱い女性として表現したのは、森鴎外自身の弱さなのだと思う。
自分が行ったことを美化し、芸術という形に昇華させることによって、正当化を図っているのである。ありのままの自分の現実を受け入れることができず、このような作品という形で世間に公表することしかできない。
当時、この作品には多くの批判が集まった。それは、自分の弱さを美しさとして表現することへの抵抗感が拭えなかったことにあると思う。弱いということを認めるのは、恐怖が付きまとうものである。それを堂々と認めさらしたのは異様で、妬ましくもあっただろう。
この作品の発端自体が人間の弱さの発露なのだ。
だからこそ、やはりこの作品は美しい。
現実と乖離すればする程、彼が弱ければ弱い程、この作品は美しくなっていたのだ。
私はこの作品は当時だけのものだとは思わない。私達は常に直視できない現実を昇華させている。もちろん誰もが小説家になれる訳ではないからSNSやブログという形で。
そんな風に現代社会を見てみると、現実から乖離した文章で溢れかえっていて、常に人間の弱さにさらされ、自分の弱さをさらし続けている。
自分や他人の弱さに耐えきれなくてノイローゼになってしまう人だっている。
そんな今だからこそ、かつて自分の弱さをさらした森鴎外という人物の作品を読むことで、人間はずっと弱かったし、そのあるがままで美しいのだということを再確認する必要があると思う。
私達は弱い。それで、いいのだと。
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