それぞれの"つぐない" - つぐないの感想

理解が深まる映画レビューサイト

映画レビュー数 5,784件

それぞれの"つぐない"

5.05.0
映像
4.8
脚本
4.0
キャスト
4.5
音楽
4.5
演出
4.5

目次

正統派英国映画を彩るキャスト陣

少女がついたたったひとつの嘘と、そのつぐないの物語。私が最も好きな映画の一つです。10年ほど前の作品であるにも関わらず、古臭さは全く感じられません。美しい映像と音響、俳優陣による文句なしの演技。これぞ映画というべき作品だと思います。原作となった小説を過不足なく見事に映像化していると言っていい。

イギリス映画は好きでよく見ますが、皮肉がきいていて考えさせられるものが多いと思います。何も考えずには見られないような、受け手が作品を吸収し解釈することで漸く完成するというか。そういった点では『つぐない』は正に正当派英国映画です。

この映画のキャストは皆素晴らしいのですが、特筆すべきは主人公である多感な少女ブライオニー・タリスを演じた当時13歳のシアーシャ・ローナン。年に似合わない賢さと、少女であるがゆえの潔癖さを兼ね備えた繊細なブライオニーを見事に演じていますね。彼女の薄い青色の目と白い肌、絵画的でやや無機質な顔立ちはブライオニーというキャラクターに説得力を持たせているように思います。

終盤、老いたブライオニーをヴァネッサ・レッドグレイヴが演じることにより、ブライオニー自身と作品全体に強い説得力を持たせている。上手い名優の使い方です。

ブライオニーの姉、セシーリア・タリスを演じるキーラ・ナイトレイは、この映画でほぼ唯一原作の小説で描写された容姿にかなり近いビジュアル(面長な顔に小さな口、目は黒くて物思わしげ 等)のキャラクター。『高慢と偏見』『アンナ・カレーニナ』など、監督ジョー・ライトの作品にキーラが多数出演していることからも、監督のキーラへの拘りが感じ取れます。セシーリアがキーラに似ているというよりは、キーラを撮るために彼女に近い印象を持つキャラクターの出る作品を選んだ、と言った印象。特に強い拘りを感じるのは戦場でのロビーの回想、屋敷の入り口でロビーを見つめるセシーリアのカット。このシーンは早回しの逆再生ですが、それを想定して撮影されたとのこと。演出意図叶って、ここのキーラ・ナイトレイは滅茶苦茶に美しい。逆再生の映像のアンバランスさが、佇むキーラの彫刻的な美しさを見事に引き立たせています。

タリス家の使用人、そしてセシーリアの恋人であるロビー・ターナーを演じたのはジェームズ・マカヴォイ。彼は英国人的な目鼻立ちと白い肌、大きな目と細い輪郭が特徴的な、どちらかと言えば中性的な顔立ちの俳優です。セシーリアとは違い、原作の印象(身長が高く体格が良い)からは大きくかけ離れたビジュアルのキャスティングであると思います。作品の悲劇的側面、キーラと並んだ際のビジュアル的な儚さを際立たせるといった意図を感じました。加えてマカヴォイは極めて演技力が高く、泣く演技など頼りなげな演技の映える俳優です。ロビーのような悲劇的な役柄にはうってつけ。原作をリスペクトしつつ、映画としての作品『つぐない』のカラーを作り上げる上で重要な役割を果たしています。

それぞれの"幸せ"

私がこの映画を見たあと最も考えさせられたのは、幸福とは何かということ。1人生き残って老いたブライオニーが描いたセシーリアとロビーの幸せな結末。本のタイトルは『贖罪』。

ブライオニーは何故ありのままの真実ではなく、虚構の幸せを描き上げることで彼らを幸せにしようとしたのでしょうか。真実を知っていれば到底ハッピーエンドとは思えません。実際には彼らはもう死んでしまっているのだから。

都合のいい作り話を書き上げることが償いになるのかというと、そうではないと言う人が出てくるかもしれません。しかし彼らはもう死んでしまっているのです。ありのままを描いた自白本のようなものを出したところで二人は帰ってこないし、ブライオニーが嘘を付いてしまった瞬間に還ることもできない。ならばせめて、物語の中だけでも二人に幸せになってほしい。彼女はそう思ったのではないかと思います。ブライオニーの時間は13歳のときのまま止まって、子供じみた願望だけが残った。心だけ大人になれないまま、漠然と二人が幸せであれば良かったと願うブライオニーは物語の中で二人を幸せにすることを選んだ。真実を語れば、彼女は作家ではなくなってしまう。ブライオニーは作家として、虚構を選んだのです。

そして、何者かに強姦されたいとこのローラ。彼女は後、強姦事件の本当の犯人であるポールと結婚しています。結婚式に立ち合ったブライオニーは、ポールと並んで幸せそうに笑うローラを見つめる。ローラはブライオニーに気付いているのかいないのか、一瞥して何も言わず通り過ぎていく。

私はどうしてもここの、意味深長とも言える目線が気になります。事件当時、犯人がロビーだとするブライオニーの主張を易く受け入れたことも。もしかしたら、ローラは本当のことを知っていたのかもしれない、もしくは薄々気づいていたのかもしれない。そうしてブライオニーは気づくのです。あの時自分が目撃した犯人はロビーではなくポールであったということを。

このあとブライオニーがセシーリアとロビーの家を訪れるシーンが挿入されますが、ブライオニーは二人に謝るとともに、ポールのことについて話しています。これが現実だったとして、ありのままを公表し、ローラがかつて自分を強姦した犯人がポールだと知ればどうなるでしょうか。ローラが何も知らなかったら?ローラの幸せを壊すことになるかもしれません。

ポール・マーシャルはこの作品において唯一悪といえるキャラクターですが、その悪を糾弾しても物語はハッピー・エヴァー・アフターにはならない。

誰が悪いのか

しかし、ブライオニーを責めれば済むとも一概には言い切れません。ブライオニーはセシーリアとロビーの二人を陥れようとしていたわけではない、というのがこの作品に置いて重要なポイントの一つです。常に彼女の中にあったのは「姉を守る」という意志。賢く、しかし空想と物語の中に生きていて外の世界には無知なブライオニーだからこそしてしまった幼い決意。様々な偶然が重なった結果生じた的はずれな傲慢。『つぐない』という作品が優れているのは、どこか一つでも歯車が狂っていればこの結末を避けられたのではないか、と思わせてしまうところです。

もしセシーリアが花瓶を割っていなかったのなら。ブライオニーが外を見ていなければ。

ロビーが手紙を入れ間違えなければ。ポールがタリス邸に来ていなければ。

ダンケルクの港で、船がもう少し早く到着していれば。

二人を陥れようとした者はどこにもいないのです。しかし二人は引き裂かれてしまった。

明確な悪が存在しないというのはこんなにも歯痒いことなのかと痛感させてくれます。仮にブライオニーが悪意を持って嘘を付いたのなら「なんて可哀想な恋人たちだろう」と言うだけの、月並みな物語です。しかしこの作品はそんな簡単に終わらせてはくれない。誰が悪い・悪くないの話ではない。明らかに悪い誰かを責めて終われるという逃げ道を、ブライオニーの幼い決意と、ローラとポールが結婚したという事実によって塞いでいるのです。

本来ならば出会わなかったキャラクター達

この映画で印象的な要素の一つ、メインキャラクターが本筋から少し外れたところで出会う登場人物。個人的に好きなのは、ダニエル・メイズ演じるロビーの戦友・トミー。彼は衰弱したロビーに毛布をかけ、もうすぐ帰れる、今はただ寝ていろと声をかける。そうしてセシーリアからの葉書を手元に、目を閉じるロビー。本来ならばまずロビーとは出会わなかったであろう人物です。しかし皮肉にも戦地に赴いたことにより、得難い友となった。監督は「トミーはこの先、ロビーという友がいたことをずっと忘れないだろう」と語っています。そうであって欲しい。トミーとのシーンや戦地でのロビーを描くことによって、この作品のテーマの一つである『戦争』をより効果的に見せています。

看護師となったブライオニーが、撤退した兵士達を看護する中で出会った傷痍軍人。彼もブライオニーが思うままの人生を歩んでいたなら出会わなかった人物でしょう。朦朧とする意識の中、ブライオニーを自分の想い人と思い込み、結婚を申し込みます。ブライオニーはそれを了承。もう思い残すことはないといったように、兵士は息を引き取ります。彼女の嘘で全てが狂っていく物語の中で、ここで彼女が付いた優しい嘘は間違いなくこの兵士を救ったのです。これまで共感を得辛いキャラクターであったブライオニーが、一気に身近なものに感じられるようになる。この章でのブライオニーを演じたロモーラ・ガライの演技が、ブライオニーを無機質な少女から、人間味のある女性にしています。

映画としての『つぐない』 

作中何度も繰り返される、セシーリアの「私のもとに戻ってきて」という言葉。

ロビーとの別れの際に言った言葉ですが、ずっとロビーの頭にこだましている。映画版にはありませんが、原作では夢に魘されるブライオニーに対し、セシーリアが「戻ってらっしゃい」という言葉をかけていた、という描写があります。また監督は、戦地終盤でのロビーを「マカヴォイに子供っぽく演じてくれと頼んだ」そうです。ロビーもブライオニーも、ある意味セシーリアに回帰する、と言っても良いかもしれません。

ロビーの表情がとても印象的に映されているなと感じたシーンがいくつかありました。回想で、警察に連行されるロビーがセシーリアを見つめるところ。セシーリアのもとを訪れたブライオニーとすれ違う瞬間の、ロビーの表情。どちらも息を呑むほど美しいシーンです。ラストのインタビューシーンから、この映画自体がブライオニーの主観、彼女が執筆した『贖罪』を映像化したものであることが考えられます。そして、幼い頃のブライオニーがロビーに恋心を抱いていたという事実。ブライオニーは激しい恋愛感情ではなく、少女時代からの淡い恋慕をロビーに対し持ち続けていたのではないかと思います。印象的に映されたロビーは、彼女の中に残る淡い感情を表しているのではないか。監督は「彼女はもうロビーを愛してはいないよ」と断言しているので、ここは意見が分かれてしまうのですが。 

サウンドトラックに関して、この映画はタイプライターの音をサンプリングするという独特な手法を取っています。物語を創作する上でブライオニーが愛用しており、またロビーがセシーリアへの手紙を書くのに利用するなど、作中でキーとなるタイプライター。メインテーマは単調でありながら劇的で、作品を見事に表現しています。特に好きなのは結婚式のシーンで流れるサウンドトラック。初めは帰還した兵士達を思わせる清々しく穏やかな曲調、そして真実に近付くにつれ耳を塞ぎたくなるほどのけたたましいタイプ音が鳴り響き、結婚式のパイプオルガンの音から不穏な曲調に。結婚式で流れる定番の曲調なのに、おめでたい気持ちには全くなれない。どの曲を聴いても映画のシーンが浮かんでくるような、正に映画音楽と言ったサウンドトラックです。場面の盛り上げに一役も二役も買っています。

映像的な話では、タリス邸のやダンケルクでの英軍撤退シーンを描いたノーカットのロングショットは圧巻の一言です。兵士達の歌う哀歌は胸が痛いほどに美しい。この映画における戦争描写は、残酷というより穏やかで戦いの終わりを感じさせるものが多いです。しかしロビーに訪れる結末は残酷なもの。嘘は人を破滅させるけど救いもする、悪はあっても責められない…この作品は、数多くの相反する要素から成り立っているのです。

総合して

映像や音楽を含め、それぞれの要素を盛り上げる演出、脚本とキャストの相性が絶妙で、ちぐはぐになることなく一つの世界観を作り出しています。ジョー・ライト監督はこれが監督二作目とのことで、舌を巻かざるを得ません。様々なテーマが盛り込まれており、観る者によって大きく見方の分かれる作品だと思います。

今迄鑑賞した数多くの映画の中で、手放しで賞賛できる傑作の一つです。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

つぐないが好きな人におすすめの映画

ページの先頭へ