自分で幸せにならなくてはいけないということを美しく突きつける - Mommy/マミーの感想

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Mommy/マミー

4.004.00
映像
5.00
脚本
5.00
キャスト
3.50
音楽
4.00
演出
4.50
感想数
1
観た人
3

自分で幸せにならなくてはいけないということを美しく突きつける

4.04.0
映像
5.0
脚本
5.0
キャスト
3.5
音楽
4.0
演出
4.5

目次

愛する家族を取るか、幸せになるという希望を取るか

障害を抱える人とそれを支える人の姿を描き観客の温かい涙を誘う映画は多い、しかしフランス映画界屈指の天才監督と呼び名の高いグザヴィエ・ドランは違う。もちろん本作品にも、ADHD(注意欠陥多動性障害)を抱えるスティーヴとそんな息子を支えるダイアンの愛情は描かれている。しかし、本作品は「愛する家族を取るか、幸せになるという希望を取るか」という究極の二択を観客に鋭く問う。芸術的に美しい映像とは対照的に、本作品に誤魔化しや綺麗事は無い。ダイアンは心から愛する息子を、自分のために自分の人生の希望のために捨てた。なぜなら、スティーヴの障害は彼が成長すればするほど彼女の手に負えるものではなくなるうえに、息子が彼女の人生にいる限りはダイアンは自分の幸福のために生きることができない。ダイアンの望むものは極めてシンプルだ、つまりダイアンが彼女らしく自分の人生を生きるということだ。ダイアンは、ダイアンとスティーヴが一緒に居てもふたりが幸せになれることはないということを分かってしまっているのだろう。ダイアンがスティーヴのことを心から愛し、人と人として対等に向き合ってきたことを私たちはよく知っている。互いに煙草をくわえながら母子の関係とは思えないような言葉遣いで軽口を叩き合う二人の姿はまるで親友のようであり、その姿こそダイアンがスティーヴを登場人物の中で誰よりも一個人として見て愛している証だ。誰よりもスティーヴを大切にし愛するダイアンが、スティーヴを捨てたということ。グザヴィエ・ドランは本作品を通して愛する家族と自分の人生の希望のどちらかをとるということのシビアな難しさ、自分の人生を幸福になるために生きることを目指すという至ってシンプルなものを望むことを強く肯定しているのではないだろうか。

フレーミングが示すスティーヴの窮屈な世界と焦燥感

本作品でやはり目を引くのが正方形のフレームだ、このフレーミングにはどのような効果があるのだろうか。その意味を求める上で、本作品中でフレームが映画のスクリーンサイズになった数分間を考察することが効果的だろう。フレーミングが正方形であった時、スティーヴは突発的に自分の障害によって感情のコントロールができず、自分のことも愛する母親やカーラのことも傷つけ葛藤している。また、スティーヴにとっては特にダイアンが彼にとっての世界のすべてであり、極めて小さな世界の中で窮屈さを感じながら生活をしている。一方で、彼が自分でフレームを広げたのは、ダイアンやカーラからの愛を感じながらもキックボードに乗りながらより広い世界・より大きな可能性と自立も感じている。しかし、スティーヴが悲しみと苛立ちを感じ再びスティーヴ・ダイアン・カーラだけの小さな世界に戻ることでこの広がったフレームは数分で元の正方形の形に戻ってしまう。このことから、正方形のフレーミングはスティーヴが身を置いている極めて小さな人間関係の世界と、彼の苦しみと苛立ちを示唆しているとも考えられる。また、正方形のフレームから通常のスクリーンサイズへとフレームを彼自身がこじ広げるという演出は、スケートボードに乗りながらダイアンやカーラからの愛を感じながら外界と自由を強く感じているスティーヴの開放感を極めて効果的に演出することもできている。

自分で幸せにならなくてはいけない

S-14法案の適応のもと育児放棄をされたスティーヴは、施設職員の隙を突いて全速力で逃げ出す、自由と愛するダイアンとカーラを求めて。しかし、私はスティーヴはダイアンやカーラと共に再び暮らすことはできないのではないかと考える。まず、スティーヴが施設の警備をくぐり抜けて自分の足だけで脱出できるとは考えにくい。更に、仮にスティーヴがダイアンのもとにたどり着いたとしても、きっとダイアンはスティーヴと会うこと・再び共に住むことを拒むだろう。なぜならダイアンは、考えに考え抜いて自分とスティーヴが幸せになるために愛するスティーヴと決別することを断腸の思いで決心したからだ。スティーヴがこのまま成長していったら、彼女の手に負えない瞬間がかならず来るということは確実だからだ。ダイアンに激昂したスティーヴが彼女に暴力を振るい、まさに死の恐怖を、息子でありながらも力では敵わずそんな圧倒的な力の差を痛切に感じた彼女は、その「自分の手に負えなくなる瞬間」が必ずくることを分かっているのだ。ダイアンが決してスティーヴを捨てたのではない、自分が幸せになることを望んで、そしてスティーヴも幸せになることを望んだからである。スティーヴのことは心から愛している、しかし彼女はふたりでいてはふたりが幸せになることはできないと分かっていたのだ。スティーヴとダイアンは小さな世界で、愛し合いがながらも何度も衝突をし、強く強く互いに結びついていた。しかしながら、ダイアンはスティーヴのいない世界でダイアン自身で幸せにならなくてはいけない。そして、スティーヴもダイアンのいない世界でスティーヴ自身で幸せにならなくてはいけない。本作品の最後でグザヴィエ・ドランは「自分で幸せにならなくてはいけない」ということを残酷なほどにきっぱりと私たちに告げる。

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