複雑な問題をそれぞれに抱えながらなおも希望を探し求める人々を描いた珠玉の短編集
作品要約
現代の中国を舞台に過ぎ去った日々に想いを馳せる人々を描いた短編集
40年の月日を一人佇みながら過去を追想する「優しさ」、親と人間の尊厳を代理母という社会問題をテーマにスキャンダラスに描いた「獄」、かつての新興住宅地で通り過ぎた思いを呼び起こす男女「花園路三号」他全9編。過ぎ去りし日の追憶は甘い記憶ばかりではないが、そこはかとない優しさと生きることへの賛歌が物語から滲み出る。
読者の過去によって、物語の味わいが変わる作品集
作品によって好みが真っ向から別れた。人々が過ごしてきた様々な過去に添い遂げるような作品が多い。そのため、読んだ人の過ごしてきた時間によって響く作品も異なっていくのだろう。
順番にいくつか評していきたい。
「優しさ」
初っ端から100ページと長い中編。個人的には著者一作目とあって、独特の静かな抑揚に乗れずあまり印象に残らなかった。回想を主体としていくつもの人物が浮かび上がっていく構成を100ページにわたり読んでいくのはなかなか疲れる作業だ。要所要所で人間に対する希望の儚さに関して秀逸な台詞があった。
「彼みたいな男」
中国版時代の波に乗れなかった男の話。複雑な出自がもたらす継子という不条理と孤独をネット空間へ投稿することで紛らわしていく。
「獄」
これは白眉。本当に素晴らしかった。突如子供を失った夫婦が、代理母を用い子供を授かろうとする話。中国ならではの社会状況に人間の尊厳が色濃く描かれている。
人間の尊厳と心の空虚にお金は何も解決しないことがわかる。特に親であることの尊厳の前に経済的な優劣は圧倒的に無力だ。
依頼人となった女は代理母と二人共同で生活することで、新たな子供の誕生を確実なものにしようとする。
情念を描きつつもシリアスな筆致がうまい。親が代理母の候補を選ぶ場面が印象に残る。決まった女は、人売りから売られ子供を出産した後、その子供を捨て置いた壮絶な過去を持っている。そんな女を選んだ妻の選択には決して合理性では計りえない感情の起伏が現れている。
そして、依頼人である妻と代理母の間にはそこはかとない絆が築かれていくのだが、ある出来事をきっかけに物語は急速に破滅へと向かっていく。この二人のその後が気になる。現代の中国の闇を作者のテーマに沿って見事にすくい上げている佳作だ。
「女店主」
革命で夫を失った老婆や死刑囚の未亡人など、恵まれない境遇を抱いた女たちを匿う慈善施設を営む夫人の話。人は老いてなお、人に認められることなくしては生きていけないのだ。話の端々に現代中国の暗部が浮かんでくる。
「流れゆく時」
義姉妹の契りが生み出した三姉妹の悲劇。そのきっかけを生んだ長女が孫娘に語る時、隔絶した過ぎ去った時間と失われていった絆に思いを馳せる。
これはうまくない。プロットが雑になっている。悲劇の原因となった義姉妹の関係性を孫娘に語らずにいた中で、世代の受け止め方の違和を正確に測ることはできないからだ。
「花園路三号」
個人的にはこれが一番心に響いた。
約半世紀前の新興住宅地、花園路三号。かつての少女はそこで美しい妻を連れた若い男に惹かれる。時が経ち、女は二度夫と別れ男は妻と死に別れた。同じ場所で、時を超えて、二人の想いは重なりを見せ違う孤独を分かち合う。とにかく美しい作品。「様々な過去を乗り越えた二人が踊る最後のダンスはきっと美しいものだったに違いない。
過去に思いをはせるのは年を重ねた大人たちだけではない
全体的に物語の語り手たちが中高年によっているきらいがある。その結果、若者たちの描写があまりうまくできていない。過去の追憶に切なさを抱くのは年を重ねた人間ばかりではない。この作家が描く若者たちの姿は果たしてどのような世界に仕上がるのか、今後の作品を楽しみにしたい。
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