ミスリードに騙されるべからず - クレィドゥ・ザ・スカイの感想

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クレィドゥ・ザ・スカイ

4.004.00
文章力
5.00
ストーリー
2.50
キャラクター
3.50
設定
4.50
演出
4.50
感想数
1
読んだ人
4

ミスリードに騙されるべからず

4.04.0
文章力
5.0
ストーリー
2.5
キャラクター
3.5
設定
4.5
演出
4.5

目次

主人公の正体は自明

本作はスカイ・クロラシリーズにおける、一つの集大成である。文章に凝らされた工夫の質が、明らかに他とは一線を画している。おかげさまで、短編集を除けば単体でもそこそこ読めるシリーズの中で、この話だけは初見の人にはまるで意味がわからないだろう。主人公が誰なのか断定する文章がないことでお馴染みの本作ではあるが、終盤の展開を考えれば草薙であることがはっきりする。「主人公は作中を通して一人である」と作者が明言している以上、人物の入れ替わりも起こりえない。注射を打たれてキルドレに戻ったなんて描写がある時点で、草薙水素が主人公であるのは自明なのだ。「上司の女」「あなたを撃ったことが一番の罪」などの文章は、意図的にぼかしたニクい表現というわけであるが、こういうものは意外な方が正解であるというのが世の常である。なぜ、はっきりとわからない文章を選んだのかとメタ的に考えられると、叙述トリックはあっさり見抜けてしまう。だが、釈然としない要素がいくつかあるのも事実だろう。挙げられるのは、大きく分けて二つ。なぜ草薙がフーコと一緒にいたかということと、草薙が草薙に追われれるということの不自然さがそれだろう。後者に関してはなんとなく飲み込みうるかもしれないが、前者はまったくしっくりこないと思った読者は多いと思われる。まずはそこから考えてみよう。

フーコ

第一に、この作品内には記憶の継承だのなんだのといった複雑な条件は存在していない。唯一、年を取らない子どもたちという条件だけがSFであり、現代と違うのはジェットエンジンが普及していないことくらいである。これらは主人公の条件と同じように作者が明言していることなので、疑問の余地はない。ゆえに草薙がフーコと仲が良くなったということも、二人でベッドインしていたことも、疑問の余地なく事実として扱わなければならない。では、なぜ二人の間に友情なんてものが芽生えたのか。ちょっと似合わなすぎるんじゃないか。でも、事実だから仕方がない。しかし、やはりなんかパッとしないと作者も思ったのか、短編集であるスカイ・イクリプスにて少しだけ情報が足されることになる。草薙からフーコがお金をもらったって程度の情報に、最後主人公がフーコに会いにいく話、そんなところか。それだけでも十分に説明はされている。この作者、他の作品を読めばわかるが、そういうところ結構アバウトなまま放置するタイプである。ミステリー、もといミステリィ作家の森博嗣さんのいつものパターンとして、どういう心理的作用があったかはわからないが、結果としてやれたのがコイツしかいないから犯人はこいつだと示すようなやり方が多い。それがいかに不自然でも、不自然なくらいが逆にリアルと言わんばかりのスタイルである。ゆえにフーコと草薙の間の関係にしても、森博嗣を読みなれた人からすれば、「なんかあったんだろう」程度で済むような話なのだが、いちおう推察してみるぶんには……フーコは、ティーチャと栗田の両方を知っているということが関係しているかもしれない。そんなの笹倉も一緒じゃねえか!と思った方、笹倉は彼らとは寝ていないでしょう。恐らくこの二人の仲が深まったのは、草薙が栗田を撃ち殺した後だと思われる。それ以来心がより不安定になった草薙が、栗田のことを知りたくてフーコに接触したのかもしれない。あるいは、なんとなくあの館にやってきた時に、フーコが草薙を見つけたか。草薙がフーコを初めて見たのは、ナ・バ・テアにてティーチャに強引にくっついて行った時である。この時点でフーコと草薙の二人が出会っていたことこそ、後々のふたりの関係の伏線だったのであろう。でなければ、わざわざフーコのいる館まで行ってからチョメチョメするのはおかしいじゃないか。なぜそんな面倒くさいルートを作者が構築したのかを考えることも、立派な考察である。ともかくこの二人は、どこで波長があったのか、周りから見て草薙は客ととらえられるくらいになったわけだ。きっと草薙は、栗田のことが知りたかったのだと考えられる。栗田の気持ちが知りたくてフーコの話を聞くうちに、どちらかというとフーコが草薙を気に入ったのだと筆者は考えている。ここが重要なポイントだ。草薙とフーコが仲良くなったと考えると不自然かもしれないが、フーコが勝手に草薙を気に入って、草薙もそれを拒まなかったと考えるとしっくりくると思ったのだが、どうだろうか。

栗田と草薙

栗田が草薙に撃ち殺されたことは、スカイ・イクリプスの中ではっきりと明示された。ここに、本作の中で主人公が「草薙」に殺される風景はただのミスリードであったことが証明される。ではなぜ、草薙は草薙に殺される幻なんてものを見たのか。これには複雑な事情がいくつか絡んでいると思われる。まずはじめに大事なことは、キルドレの思考回路はひどく抽象的であるということだ。他人からの伝聞やら記憶やらが混じり合っているという説明も、スカイ・イクリプスの中でなされている。しかも、クレィドゥ時点での草薙の頭の状態はかなりひどい。そのため一層の混乱があったことが予想される。それらを踏まえたうえで推察を続ければ、草薙の頭の中が見えてくる。先の筆者は、草薙は栗田のことを知りたかったのではないかと述べたが、そう考える根拠こそ、「草薙に撃ち殺される自分」のイメージである。これには重大な意味があると思われるが、それを知るためにまず、なぜ草薙は栗田を撃ち殺したかを考えてみよう。すなわち、栗田が死を願った理由とは何か。フラッタ・リンツ・ライフにて、草薙に対して思慕や尊敬の入り混じった念を抱いていたことがわかった栗田であるが、彼は飛ぶことも愛していた。一度唐突にそれを奪われた時には、流れのままであったためにそれを意識していなかったのだろうが、彼はその後、緊急出動に近い形で飛ぶ機会を得てしまった。やはり、飛びたい……栗田はそう思ったのだろう。だが、飛べなかった。飛ばせてもらえなかった。このままでは一生飛べないことを悟った栗田は逃げ出したのだろう。しかし、結局は見つかり、草薙に撃ち殺されることを望んだ。これが栗田の顛末であるが、草薙はそれを見てどう思っただろうか。このままでは、飛べなくなる。そのことを誰よりも気にしていたのは草薙だ。キルドレではなくなった体、不都合な立場、そんなものがジワジワと自分を追い詰めていた、そんなタイミングでの栗田の死……自分を重ねずにはいられなかっただろう。飛べないなら、死んでしまいたいというその気持ちが誰よりも理解できただろう。ここで重要なのは、栗田の言葉、「あなたに殺されるのなら幸せだ」である。このスカイ・イクリプスでの栗田の言葉は、時系列的には後々に草薙が、自らの心象風景の中で口にする。なぜ、栗田は自ら死ぬのではなく、殺されることを望んだのか。知りたいと思うことは普通である。知りたくて、おそらくは栗田の思考を想像したことだと思われる。そんな気持ちで、フーコとも話していたのかもしれない。そんな妄想までも記憶に組み込まれてしまうことがキルドレの症状のひとつなのだとしたら、あの草薙に撃ち殺される心象風景も納得というものだ。栗田を自分が撃ち殺したことと、自分と栗田の立場を重ねていること。そのことが、あのような印象を作り上げたのだと考えることは、不自然ではないだろう。まあぶっちゃけてしまえば、作者の思考の順番は逆だろう。とにかくミスリードのために主人公こと草薙が草薙に撃ち殺される場面を思いついたのだろう。その後すぐに草薙は栗谷撃ち殺されたという情報を足せば、読者が「あれのことか」と思って当然である。むろん筆者はそう思った。そして、その演出の理由付けを後から考えたに違いない。見事なものだと思う。この小説は、シリーズ全体でもっとも複雑かつ、趣向の凝らされた作品なのだ。だから、ストーリー自体は暇でも文句を言ってはいけないと思います、はい。

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