ビル・マーレイを堪能する映画 - ヴィンセントが教えてくれたことの感想

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ビル・マーレイを堪能する映画

3.83.8
映像
3.6
脚本
3.0
キャスト
4.3
音楽
3.5
演出
3.0

目次

こういうビル・マーレイが見たかった

2014年作品。この作品は言うなればビル・マーレイ版「菊次郎の夏」。どうしようもない甲斐性なしのチンピラのだめだめなおじさんが、結果的に誰よりも子どもの良き理解者となり、彼の健やかな成長を助ける役目を果たすというストーリーラインの物語です。

ビートたけしの菊次郎は、寅さんの系譜といいますか、なんとも「しまらない」、テキトーでゆるゆるとしたチンピラぶりで、同じ日本人(そして関西人)の自分としては「ああ、こういうおじさんいたかも・・・」と懐かしく思うような微笑ましい真実味があるのですが、ビル・マーレイ演じるヴィンセントは、もっと「ハードロック」な感じです。

お国柄の違いもあると思いますが、ヴィンセントのモデルは、監督のセオドア・メルフィの義父だったのですが、ベトナム帰還兵だったそうで、ヴィンセントもベトナム元帰還兵という設定になっており、このことがヴィンセントのキャラクターに及ぼした影響は大きくあると思います。

ビル・マーレイはそういう屈託を抱えた人物を演じるのにまさにうってつけの俳優。今作では久々に、ああこういうビル・マーレイが見たかったのよねー、とほくほくするような「マーレイ節」を堪能しました。なんとも可愛げの無い自己完結的な老人を、本当に最悪、耐えられない、吐き気がする、の一歩手前のぎりぎりのラインでもって魅せる、食えないかんじが良かったです。さすがのこなれ方でした。

俳優陣で見せきる、ナオミ・ワッツの魅力

この作品は、後述しますがストラクチャーが後半になるに従ってかなりぶれぶれになってくるのですが、役者の力でなんとか見せきっている作品だと思います。

俳優陣は皆いい仕事をしていますが、出色なのは主演のビル・マーレイとナオミ・ワッツでしょう。彼ら二人のどぎつい魅力が作品を引っ張って行っていると言っても過言ではないと思います。

ナオミ・ワッツは、年取るごとに素敵になっていく、しみじみいいなあと思える女優ですが、普段は知的で抑制的なキャラクターを演じる事が多いけれど、本作では「ロシア語訛りのきつい、妊婦であり売春婦である」という、他の作品ではあまり見た事の無い突き抜けたキャラクターを演じ、本人も楽しんで演じている感じが伝わって来て、見ていて楽しかったです。

ナオミは一見知的で上品で、あまりごりごり前に出ないタイプの人というイメージがありますが、母親は気合いの入ったヒッピーで、幼い日々はピンク・フロイドのツアーに帯同するという放浪生活も送ったという、なかなかに興味深い人です。

女性はえてして、中年以降は何とも知れん「女性の怖さ」みたいなものがだんだん出て来てしまいがち。アメリカ人俳優であればなおさら、「怖さのない中年以降の女優」ってなかなか思いつかない・・・。怖ーい人ならいくらでも思いつくけれど。

その点、このナオミ・ワッツやジュリアン・ムーア、マリサ・トメイといった面々は、中年以降も「怖くない」素敵な女優たちだなと思います。結局生き方なのでしょうけれど。整形しない人たちだという共通点もありますね。

いずれにしても、ヴィンセントとダカというメインキャラクター2人の、常識から見たらひどく破綻した有りようを、何はともあれ納得させ、のみならず観る者に自然にリスペクトの感情さえ抱かせて、作品を通して見せきったというのが、この映画のすごいところなんじゃないかなと個人的には思います。
役者の力ですね。

作品の良さが失われている残念な後半部分

けれど、先述した通り、お話そのものにはモヤモヤが残りました。前半は健闘していたのですが、後半になるに従ってかなーりステレオタイプなハリウッドらしい脚本運びとなり、結果としては教科書どおりになっちゃったか・・・という感想を持ちました。

これは作品の製作上の成り立ちが大きく関わっているのじゃないかという印象を持ちました。この作品は、脚本の魅力ありきで、ある種降って湧いたチャンスとしての企画であり、脚本兼監督のセオドア・メルフィにとっては今作が長編デビュー作だったということと無関係ではないと思います。


つまり、「(監督の上にいて)ジャッジするどこかのえらい人」の無粋さが映画をどこかひんまげて、違うものにしていってしまったと。そういう大人の事情を感じさせる展開だったです。

ハッピーエンディングへのこだわり、あるいはもっと「ファミリーフレンドリーな作品にせよ」といった圧力なんかの要素を無理に作品に込めようとするから、後半がどんどんやぶれかぶれな、ある種お涙ちょうだいな感じになってしまって、なんだか拍子抜けしてしまいました。

特にクライマックスの発表会のシーンは、無難に収まりすぎていてがっかりでした。ヴィンセントならそうじゃないだろう、と。元々の脚本はきっともっと違うものだったんじゃないかと推測します。
ですが、こういうのって、監督が一番つらいことでしょうね。

ともあれ、ビル・マーレイの憮然としたたたずまいは、ただそこにいるだけで面白く、味わいがあって、なんていい顔の役者さんなんだろうと思いました。
深く考えず、ビル・マーレイとナオミ・ワッツを堪能する映画、ってことで。

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