素材を活かしきれていない良作。 - リンカーン/秘密の書の感想

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素材を活かしきれていない良作。

3.53.5
映像
4.0
脚本
3.0
キャスト
3.0
音楽
3.5
演出
3.5

目次

リンカーンという人物を追って。

この作品の主人公であるエイブラハム・リンカーンといえば、第16代アメリカ合衆国大統領。歴史上もっとも偉大と呼ばれている大統領で、アメリカ国民から絶大な人気を得ているお方。名前は皆さんもご存じかと思います。

大統領×ヴァンパイアという奇想天外な組み合わせではあるが、ストーリの軸である母親の死、突然の婚約破棄、自分の子供の死…その他、政治活動や身を取り巻く人物達は史実に沿って描かれているので、この映画に関してはリンカーンのことをある程度知っていた方がすんなり受け入れられると思った。(アメリカでは常識なのかもしれない)
なんにせよ、そんなリンカーンの生涯に「実はこれも、あれも、それもヴァンパイアがらみでした!」とフィクションを織り交ぜて描いたのがこの映画。
よくある思春期の妄想がとんでもないクオリティで再現され産まれたという印象。「表舞台ではこう語られているけれど実は…」というのは、いつの時代も、誰にとってもロマンである。

しかし、そもそも原題は【Abraham Lincoln: Vampire Hunter】である。それに対し邦題は【リンカーン/秘密の書】…わりと重要な【Vampire Hunter】という言葉をそのまま省いた上に、予告で「実はあのリンカーンがヴァンパイアハンターだった?!」なんて宣伝をするから初めて見たときはB級ホラーコメディかと思ってしまった。
きっとそう思った人も少なくないはず。
毎度のことながら邦題+予告のせいで作品の第一印象が大きく操作されてしまうのはなんとも惜しい。


特筆すべき点もあるが、全体的に惜しい。

予告を見てまず「これはティム・バートンの色づかいだ…」と思ったわたしは正しかった。あまり注目されていない気もするが、ティム・バートンが制作に携わっている。
この独特の色づかいだけで、作品がぐっとシリアスに仕上がっているといっても過言ではないだろう。
が、予告の時点で奇奇怪怪として注目を集めたこの作品も、蓋を開ければ至極真面目で普遍的なアクション映画だったように思う。
復讐心に燃え、銃と斧を振り翳し、徹底的にヴァンパイアを追い詰め叩きのめしていく主人公の姿は、「娘を返せ!」と銃を片手に奮闘するあのアメリカンパパや、「大事なものを奪ったお前らは許さない!」と母国と戦う元兵士さんを思い出す感じ。そのくらい普遍的。
アクションシーンは臨場感があったと思う。製作総指揮にサイモン・キンバーグが就いているので、時々X-MENを思い出した。顔の向け方や足の踏込の見せ方は、ちょっと類似したものがあると感じたので比べると楽しいかもしれない。
(サイモン・キンバーグがすべてを指示しているわけではないだろうけど)

あと、個人的にだが敵であるヴァンパイアのビジュアルは迫力がありとても良かったと思う。
お綺麗な耽美系ヴァンパイアも好きだけれども、こういったカラーの作品で敵がお綺麗だと絶対に萎えただろうし、怪物めいた容姿はオリジナリティもあり、CG技術の進歩を感じた。
だだ。他のシーンと比べてリンカーンの婚約者が死んでいく場面はちょっと綺麗すぎたのが残念だなぁ…と思ったのだけれども、そういえば母親が死んだときも綺麗だったし、回想シーンの中の死はリンカーンの記憶の中で美化されてるのかなと。大事な人のが凄惨な姿で死んでいくなんて、たとえ記憶であってもオブラートに包みたいものか…と、私の中で結論がでた。
何より、余計なラブシーンがなかったところは個人的に一番の評価点である。

演出や脚本などそれぞれの素材は決して悪くないが、題材とストーリの合致が少し甘かったかな。
リンカーンという実在した偉大な人物の生涯を描くにも、ヴァンパイアと戦い抜く死闘を描くにも、少しばかり尺と表現が足りなかったように感じる。
キャラクターも悪くはない…が、印象にはっきりと残るような決め手に欠けていたようにも思う。
全体的にどっちつかずで、中途半端な印象になってしまったことは否めない。


アメリカの印象操作?平和の為の暴力。

この作品のラストである南北戦争に関しての【秘密】
南軍はヴァンパイア達の加勢を受けていたのだ!だから強かったんだ!というのは、歴史的なことをそんな風に言って大丈夫?多方面から怒られない?とこちらがひやひやしてしまった。
フィクションを織り交ぜている創作映画とはいえ、こういった描き方をされると戦争そのものを軽んじているようにも感じたし、もしかしたらこの南北戦争のくだりをやりたいがためにリンカーンを主人公に選んだのでは?と思うくらい。
ただ、作中のリンカーンから垣間見えた「敵とみなした相手には決して容赦しない」という徹底的なまでの暴力性は、「平和のための暴力」「これまでの戦争の歴史」を正当化したがっている今のアメリカそのものを体現しているのかなと。
それならば、この作品にリンカーンを起用する意味もヴァンパイアを交える意味もなかったのではないか。
私は、この映画は社会派映画としては観れない。なのにごちゃごちゃと、意図を読み取ってくれ、と言われているみたいで少し不愉快だった。
単純なSFアクションとして楽しんでくれと言うのであれば、悪くはなかった。
また観たいとは思わないが。

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