つまらぬ日常と美味いメシと寂れたオッサン=極上のテロリズム
刑務所映画の概念を覆す驚異の日常系ムービー
刑務所映画と言えば、名作『アルカトラズからの脱出』『大脱走』『暴力脱獄』『抵抗』『穴』など「脱獄や暴動ありき」のようなところがあるが、この映画はその根本を見事に覆した。
長い長い刑務所生活の一部分を切り取ってそのままスクリーンで流してしまったような作品だが、あまりの面白さ、小気味良さ、そして何も起こらなさに思わず時間を忘れる。
コタツに入りながら年末に観たい映画の筆頭だ。
いい年こいたオッサンがくだらない話を…
この映画の魅力は大きく分けて2つあり、まず1つ目はいい年こいた中年のオッサンたちが、死ぬほどくだらない話を嬉々として話すところにある。
キャストを見れば分かるように、今や日本のドラマや映画を支えるベテランの名優たちが一堂に会している。彼らが全員揃って間抜けな作業着を着て、あいつの乳首は小さいだとか、ご飯に醤油をかけて食べると美味いだとか、薬物を使うときの顔は凄く情けないだとか、そんな不毛な話を延々90分間も繰り広げるわけだ。
野球のシーンではベンチがピックアップされ、森下能幸、戸田昌宏、長江英和といった覇気のないオッサンたちが、俺はこんな罪を犯したとか、女房はベンツに乗ってるとか、これまたしょうもない話をグダグダと語り始める。これが面白くないわけがない。
そして何と言っても極上の"飯テロ"が待っている
2つ目の魅力は食事のシーン。近年では刑務所のメシが美味そうだ、みたいな話題が時たま上がるが、これはその最たるもので、食事シーンの魅力がそれはもうえげつない。いわゆる"飯テロ"である。
なぜ、貧相な容器に入っているご飯があれだけ美味そうに見えるのか。なぜ、精進料理のような描写であそこまで涎が出るのか。刑務所生活の唯一の楽しみと言えば食事であり、それを演者たちが心得ているため、「待ってました」とばかりにメシに食らいつく描写があまりにも生々しく、画面を超えて観客の喉を鳴らすのである。
たっぷりじらされた中盤、畳み掛けるおせち料理の描写では画面に釘付けになっていること間違いなし。この映画の食事シーンは、貧相な語彙で表現し切れぬ圧倒的な領域に達している。
本作にインスパイアされた、刑務所での食事をメインに据えた『極道めし』という作品があるが、後だしジャンケンで負けたような作品である。「メシ」を露骨に描写するよりも、「メシ」がたまたま映ってしまった作品に軍配が上がるのは言うまでもない。
日常からの解放
日常に疲れ、刑務所という非日常を少しだけ覗いてみようという気概で鑑賞すると、何とも言えない至福を得られ、人生の何たるくだらぬことと達観することだろう。のちに『血と骨』を撮るとは思えない、崔監督の器用さに感服するばかりである。
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