迷走
女子野球
本作品は女子野球を題材にしている。おそらく当時としては初めてのことだ。と言っても、私の記憶している限り、女子野球アニメは本作と「大正野球娘。」の2作品しかない。今でこそプロリーグが存在する女子野球であるが、当時はそれほどの盛り上がりはなかった。それでも本作放送の前年に女子野球界で大きな出来事が起こっている。第1回全日本大学女子野球選手権大会が開催されたのだ。同年には全国女子軟式野球連盟が発足、その前年の1986年には全国大学女子軟式野球連盟が発足している。女子野球は戦後の一時期(1948年~1971年)に行われていたがいったん廃止になっている。しかし、男子チームの中に女子が所属して努力していることが報じられたことなどがきっかけで少しずつ熱が高まっていき復活を遂げた。その復活を契機にして女子野球を題材とした作品を作ったのが本作と思われる。
危惧
女子野球が復活してまだ間もない頃のこと。これをどのように扱っていいのか、原作のない作品だからこそ、制作の人たちは迷ったり悩んだりしたことと思う。当時でも、“野球は男がするもの”という考えは主流であったから、それを女の子がやる、ということに抵抗があったはずだ。男子チームの作品と同じような展開にしてしまうと、「なぜ女子チームにしたんだ?普通に男のチームでも良かったではないか」ということになってしまう。しかし、女の子のチームにすることで何が変わるのかというのは、そもそも女子チームがほとんど知られていなかった当時に一般の人に分かるように表現するのは難しかったに違いない。だから、物語は私が危惧していた展開を見せてしまう。女の子が絡むと起こりうるであろう、色気とか恋愛がらみの展開に、予想通り向かってしまった。年頃の男女がいれば恋愛がらみになることはほぼ必然だから、やるなとは言わない。むしろ恋愛が入ってくる方が自然だ。しかし、それを振り払ってスポーツに打ち込むというのがスポ根物のだいご味のはずである。振り払えない葛藤を描くというのも悪くないが、それでも最後の見どころでは恋愛とは全く無関係なところに着地してほしいのである。基本的にスポ根ものに恋愛はいらない。大きく絡ませるくらいなら初めからないほうがいい。
オープニングから漂ってくるのは
静かなイントロから始まったかと思うと、壮大な感じをさせるメロディ、ワルシャワ・フィルハーモニックオーケストラの力強い演奏とあきらめないことを歌った歌詞。ひたむきに努力しているようなナインたちの描写……。これらがイメージさせるのはすべて「スポ根」(スポーツ根性もの、最初は無名で実力も乏しかったチームや選手がひたむきな努力で力をつけていく、その血と汗の努力を描いた作品のこと)であろう。私もそれを大いに期待していた。
一貫性のなさ
如月女子高校の理事長は“男子と対等に甲子園で戦うこと”を目的に女子野球部を創設したはずだ。しかし、野球部監督の木戸ははっきり言っている。「まともにやってかなうわけがない」と。だからこそ、お色気作戦を実行するわけだ。この作品で目指しているのはどっちなのだ?女の子、しかも年頃の女の子なのだから色気があるだろう。浮いた話などあるはずのない高校球児には確かに有効だろう。しかし、それをやってしまうと木戸監督も言ったように“男子にかなわない”と認めたことになる。理事長の目的、ひいてはこの作品が向かおうとしている方向を否定するものだ。かなわないと分かっているのなら、女子だけのリーグや大会創設に尽力するほうのストーリーにもっていけばいいはずだ。今後対等に戦わせるというのならお色気作戦は絶対に使ってはいけないはずだ。なのに使ってしまった……。この一貫性のなさが、作品を色気や恋愛がらみの方向に向かわせてしまったように思う。話の持って行き方によってはもっともっと素晴らしい作品になりえたはずなのに、非常にもったいない。残念である。現実の社会で女子野球の立ち位置が確立されていなかったことで、この作品をどこに向かわせたらいいのかが分からなかった、明確にできなかったというのが原因にあると考えられる。時期的に女子野球を取り上げるのは早すぎたのかもしれない。
プレーの描写について
野球アニメをする以上、プレーの表現にもこだわってほしかったところである。オープニングのアニメについてだけでもヒカルのノーステップスローや加奈子のグラブトスなど、もう少し頑張ってほしいという表現があるが、中でも一番おかしいと感じたのは、冒頭の幼い涼である。明らかにボールを握れていない。その状態で、あの年齢で、あの距離が投げられるわけがないのだ。先に私は「オープニングでスポ根を期待させる」と書いたが、この場面を見たときにやはり心配になったものだ。こんな表現をしていて、本編は大丈夫なのだろうか、ということである。その心配は当たってしまうことになるのだが。プレーの描写というのは野球アニメに限らずスポーツものにとっては“命”であろう。もっともっと丁寧な描写をしてもらいたかったところである。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)