勇敢でない人たちの勇気 - 彼女たちの時代の感想

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彼女たちの時代

4.504.50
映像
4.25
脚本
5.00
キャスト
5.00
音楽
4.50
演出
4.50
感想数
2
観た人
2

勇敢でない人たちの勇気

4.04.0
映像
3.5
脚本
5.0
キャスト
5.0
音楽
4.0
演出
4.0

目次

不思議の雲の表出

すごい空気感だ。何も悲しくないのに、泣いてしまう。そんなドラマです。

空気で泣くなんてことは、なかなかありません。例えば、日本画を見た時、

絵の中の透けていく色を見て、泣いてしまう、そんなのに近いかもしれません。

「なんていう色…」という風に。そのとき、何の絵かなんて関係ない。

例えば、夢から覚めて、内容も思い出せないのに、何とも胸が苦しくなって

泣いてしまうような、そんなことにも近いかもしれません。

悲しいのでも、哀しいのでもありません。ただつかみどころのない苦しみが押し寄せてきて

涙がでてしまう。そんな雲の中にいるような空気の感じに泣いてしまうのです。

だから、不思議なんですけど、ドラマタイトルの「彼女たちの時代」と

聞いただけで、ふわああああ、と謎の霧で心を覆われてしまう。

涙が出そうになる。そんな現象にみまわれます。パーンとハイライトで作中の場面、場面が

浮かんでくるのではなくて、まずは空気感が一気にこみあげてくる。そんな妙なドラマです。

のせられていくストーリー

ヒロインの深美が考えていることや、彼女の心の声が朗読(これは、まさに朗読というのが

ふさわしい。深美役の深津絵里の才能の一つだと感じます)で流れるのですが、

それが、私的なブログ記事のようでじわじわと染みます。本当にこの朗読部分が

ブログ記事だったなら「いいネ!」じゃなくて、「その気持ちわかります」から

始まるコメントが多く集まりそうな、そんな内容です。

思わず関わってしまいたくなるんですね。なんだか自分と「似てる」から。

漠然と感じていたけれど、言葉にはできなかった感情を喋ってくれるので。

それもあって、このドラマでは、登場人物たちから目が離せません。

「似てる」というのを客観的に見せられると、「がんばれ」と応援してしまう。

視聴者にはそんな方も多かったのではないでしょうか。

「がんばれ」と登場人物を励ますことが、すなわち自分を励ますようなことになるのも

このドラマの魅力だったと思います。

このドラマではいつも思うんです。「この人は次にどうするんだろう」って。

例えば、スター性のある主人公が魅せる「この人は次にどうするんだろう」というのと

違うんですね。「なるほど、こんな風に切り抜けたらいいのか、すごいなあ」とかは全然ないので。

見ているうちに、「この人は次にどうするんだろう」が、いつの間にか

「私はどうしたらいいんだろう」って自分のことにすり替わっているんですね。

彼女たちの時代は、どんな時代?

「これからどうすればいいんだろう」とか「どうなっていくんだろう」とか、

社会の動きと自分の動き方の接点を見いだせない、その不安感をいつしか思案してしまっている。

社会がどう動いていくのかよくわからない。だから自分もどういうふうに動いて対応したらいいの

かわからない。そういうことで悩んでしまう。

置いて行かれる人と置いていく人のずれが生じていたそんな「時代」だったように感じます。

「彼女たちの時代」は1999年の放送で、その年の流行語は「カリスマ」「ヤマンバ」。

ヒット曲は「だんご三兄弟」「LOVEマシーン」、本は「人間革命」「小さいことにくよくよするな!」

「本当は恐ろしいグリム童話」。ゲームは「ダンスダンスレボリューション」。

アップル社のノートパソコンや、ソニーが犬型のロボット「アイボ」が出現。そんな時代です。

新しくなり始めている(今までになかった「すば抜けたもの」が出てきています。ここで生まれた

ものって、実際にその先も続いていますね。)時代。

これまでを振り返りだす(おニャン子クラブを彷彿とさせるモーニング娘。

グリム童話の新しい解釈など)時代。徐々に徐々に新旧が切り離されていく印象です。

新が旧を置いていくような。旧に対して「それじゃないんだよ、こういうのがしたかったんだよ」

と言ってるような。親離れのように、新しい才能が新しい時代へ出かけて行く。

新しいものを迎えるにあたり、これまでのものは良かったのだろうか、何が(どこが)

良かったのかな(イケてたのか、イケてなかったのか)とふと思い返した時代だったと思います。

なにしろ、1999年の翌年は2000年です。(このドラマは、同時代設定で描かれています。)

ミレニアムなんて気にしない人も、気にする人たちの波にのまれて、2000年を考えざるを

えなかったくらい、世間は節目に迫られていました。

両手を広げて迎える人ばかりではありません。

これまでのままでいいんだと思う人ばかりでもない。

「えっと、あの、どうしたらいいんですか」という人も結構いたはずです。

何か、変わっていっているけど、自分はどうしたらいいんだろう。

どうしたいというのもないのだけど。作中の中でも、「なにかしたい」と深美は言います。

どうしたいわけでもない、のに、どうかしないといけないのかな、と焦っていたのかもしれません。

後輩に誘われても、「習い事なんて私は…」と言いながら、やっぱり教室見学に行ってみたり

しています。

なんでそんなに苦しいの

このドラマを見ていると、なんだか涙が出てしまうのは、「彼女たち」も、自分も、

実は本当に本当に困っているんだ、と気づくからかもしれません。

私はこんなに困っているのに、誰にも助けを求められないし、助けなんて求めてはいけないんだ、

だってみんな同じだから。とか。特別な人は特別な努力しているけど、自分はしていないのだから、

困って当然なんだ。特別な人は特別な才能が有るけど、自分はそんなものは持っていないのだから

普通にやるしかないよね。とか。

知らないうちに、自分を「救わない」思考回路になっていたな、と思います。

自分で自分を救わなかったし、誰も他人を救えなかった。

このドラマを見ると、ものすごくわがままな人は一人もいません。

最低限の自分を守っていたい人ばかり出てきます。怒る上司も、紐みたいな青年たちも、

何したらいいかわからないから、なにもしたくない。みんな怖いものがあって、

だけど具体的に何が怖いのかわからない。

ただの枯れた柳を幽霊だと思って逃げるような、そんなことが起きていたのかもしれません。(冷静に、よく考えれば、啓介が会社の部屋に閉じ込められるなんて異様なのですから。)

幽霊の正体見たり

夜道を、怖い怖いと思って歩いていたから、本当は何でもないものを恐ろしいものだと

勘違いしてしまっていた。それに似ていて、このドラマでは、そんな夜道を一人で歩かなければ

どうなるのか、が描かれて終わったのではないでしょうか。

怖いと思っていた夜道を誰かと歩きます。灯りは無いまま、自分と同じような誰かと。

頼りになる連れではない、怖がり同士で歩いてみる。

そんな時は、自分の話をしていて、相手の話を聞いていて、枯れた柳など見る暇もなく

歩いているのだと思います。たとえ怖いことがあっても、「ばかやろー」って

「ここにいるぞー」って言いながら歩いたら、なんだか少し気が晴れてきます。

将来の夢や希望は、そんなに必要でしょうか。時には、それこそが、つかみどころがない

幽霊みたいなものなのかもしれません。だけど、勇気はいつも、自分の中から

奮い立たせることができます。このドラマからはそんなメッセージを感じました。

これは、「勇敢ではない人たちの勇気」のドラマなのだと思います。

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