胸が痛むほどに愛おしい人々の物語
好きでない画が、ひとつもない。
2011年作品。監督のアキ・カウリスマキはフィンランド人ですが、この作品の舞台は、タイトルにもある通り、フランス・ノルマンディー地方のル・アーブルという港町であり、カウリスマキ映画のミューズであるカティ・オウティネン以外の主要なキャストもフランス人が多くなっています。
しかしフィンランドが舞台でなくとも、カウリスマキのエッセンスは十分すぎるほどに詰まっており、どこを切り取っても好きでない画がひとつもなく、溜め息をつきっぱなしの一時間半でした。カウリスマキの映画というのは、こんなにも「ぎこちない」寓話的な作りだのに、胸が痛むほどに人間や風景が近しく感じられ、その場所に旅したような気持ちにいつもさせられます。北欧のしんと冷えた寒さや、空気の澄み具合までが伝わってくるようで、リアリティとは一体なんなんだろ、とカウリスマキの映画を観ると分からなくなります。
この作品では、いつも以上に監督の画作りが好きでたまらなく、きゅんきゅんしどおしでした。小津安二郎の影響を色濃く受けた詩的な配色、くすんだ赤と芥子色とくすんだ青が絶妙に配色されていて、たまらなく美しく、しっくりと調和しています。おしゃれとかそういうのを大きく超えて、ただただ心地よいです。光と影の使い方もはっとするほど素晴らしかったし、夜のシーンではネオンの灯がぼんわりと、ぽつねんと夜を照らす様も、まさに本領発揮というかんじで。
彼の作品のほぼ全ての撮影監督をつとめているティモ・サルミネンなくしてはカウリスマキ映画は成立しないことは明らかで、素晴らしい映画監督にはとりわけ優秀な撮影監督がついているのは定石ですが、カウリスマキ=ティモのタッグはとびきりスペシャルな、唯一無二の組み合わせだと言えると思います。しかも、ティモ・サルミネンが色盲というのは、実に驚くべきことです。個人的には、最も好きな撮影監督かもしれません。
愛だけが、溢れるほどにある。
とにもかくにも、お話がなくったって好き!というくらい、カウリスマキのルックが好きな私ですが、画と同じくらい、彼の紡ぐ物語、見つめる目を深く愛しています。
カウリスマキ映画の住人たちは、社会の一番どん底を這いつくばるように生きていて、要領なんか本当に悪くって不器用の極みで。時にふみつけにされ、偉そうな人に偉そうにされ、騙されたり損をしたり。でも、それでも人間は、人に何かを与える事ができる。愛し合い、人を助け、誇りを持って、自分なりのやり方を貫いて生きることができるんだということを彼は繰り返し描いています。
この映画を制作するにあたって、カウリスマキ監督は、これだけ世の中が悲劇的な状況なのだから、作り手は希望を描くしかない。これ以上ないハッピーエンドを作ろうと思った、と語っています。
本当に本当に、この映画のある意味ぶっとんだコミカルなハッピーエンドには、泣き笑いがとまらず、胸が締め付けられるような幸福感を味わわせてもらいました。
主人公はしがない靴磨きのおじさん、マルセル。高級靴屋の前で靴磨きをするものだから、気取った靴屋の店主に蹴っ飛ばされたりしている。それでもめげずにこつこつ働くのは、家で待つ恋女房のアルレッティのため。そんなマルセルの前に、密入国して脱走中の少年イドリッサが現われ、かくまうことになるのですけど、そうするにあたっては何の理屈も説明もエピソードもないのです。ただ、当たり前のように出来る限りのことをする。懇意にしているパン屋のおかみさん、雑貨屋のおやじもまるであうんの呼吸のように、ただ無心で、何の押し付けがましさもなく協力をする。そういう心根のありようって、今はものすごく失われてしまったものであり、恋しく懐かしく思います。ちっとも見た目は美しくないうらぶれた人たちなのに、誇り高く、いたわり尊敬し合い、人間がいとおしくなります。
そこに、妻アルレッティが不治の病に冒されるというエピソードが絡み合い、見捨てられたような小さな町に生きる見捨てられたような初老の男が、ただ実直に生きていることを、周囲の人々が受け止めている、そこにはただ愛があるということが、映画から溢れるように描かれていきます。何でも無いシーンを見ていても、涙が噴き出て来て困りました。
愛らしいカウリスマキ映画の住人たち
しかし毎度のことながら、独特すぎる間、どこか不自然で堅苦しい人々、生活感のない住まい。マルセルが自宅に「帰ったよ」と言って入ってゆくと、アップで振り返った顔がカティ・オウティネン。「出たっ」と思わず声が出てしまいました(笑)。こんなにぎこちないのに、そして美人とはほど遠い彼女はどうしてこんなにも愛らしいのでしょう。
有名な俳優は出ていませんが、皆目力がある魅力的な俳優揃いで、すばらしいキャスティングでした。
主演のマルセルを演じたジャン=ピエール・ダルッサンのインタビューをのちに見ましたら、なんというか、とても知的で垢抜けたおじさまで、社会の底辺で地道に生きているマルセルとは全然違って見えました。非常に化けててすごいなあと思いました。
それから、カメオ出演で、ル・アーブル出身のレジェンドミュージシャン「リトル・ボブ」が出ていて、色んな意味で面白かったです。突然全く予備知識ない日本人が、リトルボブが大スターだって言われても(笑)でも、今作も音楽の使い方面白かったです。ジャームッシュ的なおかしみがありました。ジャンルも多岐に渡り、異文化との軋轢というテーマにおいても、音楽を効果的に使っていたと思います。
そして、影の名脇役。監督の愛犬ライカの可愛かったこと。作中、時々「ハッハッハッ」と笑ってるみたいに舌を出してきょとんと座っているライカが出し抜けに映ると、なんとも和みました。
私にとっては文句のつけようの無い名作。夢のような93分。短いのも素晴らしい。これからも折に触れて見直したい作品です。
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