漫画だけど、料理本も兼ねる社会問題も描き出している鋭い感覚の作品
孤高のプリンスの涙
父は3年前に他界。母の入院。日常であって、非日常的な一日から物語が始まる。
母の症状だが、医者に告知希望という言葉にあるように、何だか重そうなのかなという感じが伝わる。早川母は、律にだけは話をする。それが言葉になっていないので、読者側には伝わらない。律の表情と、治療方針という言葉で大体の容態を考えるようになっている。言葉で伝えないことで、弟と妹には、内緒であることがよくわかる。だが、律の涙で明らかになる場面で、決定的に重いことを示唆している。見事な漫画の手法だなと思う。
彼の同級生の倉科夕子、プリンスと彼をひそかに呼んでいる普通の女子だ。彼女とたまたま会ったことで、元気をもらい、食べ物を作り生きていこうとする律の姿が描かれている。その日の夜ご飯は、白ご飯とおかか。そのおかかを手作りするのだが、おかかの味も弟と妹では、味を変えてそれぞれの好みに合わせている。少しの料理でおなかを膨らませなければいけないのだから、精一杯の律の気持ちが伝わってくる。弟と妹の顔を見ると、朝のシリアルでは不機嫌だったのが、ひとつの手作りの料理で満足そうな二人の様子が伝わってきます。食事とは生きるためのもの。人間の基本的な本当に生きていくための糧。死を隣り合わせに描くことで、このシーンが「本当に生きるために必要なものだ!」とでもいうような作者のメッセージ性のようなものまでもが伺えます。
料理が本当においしく描かれている
母が入院している間にみつけたレシピ集には、いろいろなメニューが載っています。まさか餃子までが手作りとは! 主人公、律の視点でのぞきこめるようなレシピ集が描かれています。作っているときは、母の声で解説を受けているような、隣に立って話しながら作っているような場面です。別の場面では、炊飯器のお釜をボール代わりにして、簡単ケーキを作る場面、材料を図で表している。ちゃんと分量もこっそりと絵に描かれているので、物語の雰囲気も壊れずにレシピまで紹介とは恐るべし。料理の紹介をすると、漫画の話がぷつっと切れてしまうような感じがするが、この銀のスプーンは、そんなことを感じさせない作りになっている。
「打ち粉ってなんだよ」とセリフに「粉ふれってゆったじゃん」と明確な答えを入れているところも、料理の入門書としても優秀なものだと言えるでしょう。毎回の料理の完成した絵が描かれているので、イメージがしやすく、これを作るのねとわかる。分量も的確にかかれているので、料理本としても活躍しそうです。「食育」というのを叫ばれている昨今。食事が大切だと叫ばれています。今はスーパーに行くと、できあがった料理が買えます。料理ってなんだろう。お母さんの存在とはなんだろう。今の子どもは、料理の名前も知らない。お母さん、料理を出すときに料理の名前を言ってあげてくださいと言われます。この物語に出てくるのは「手作り料理」です。愛情をこめて作られた料理をおいしそうに子どもたちが食べます。一品でもいい手作りを作ってください。そんな作者の思い、昨今の事情も踏まえての物語なのではないだろうか。
それぞれに夢中なものがある
早川家には、3人のきょうだいがいます。
長男、律(高3)顔よし、スタイルよし、勉強もできて、スポーツもできる。器用貧乏というタイプ。何かに夢中になれるものがあったら、何かを成し遂げられるのに、本人は飄々としている。夢中になれるものがないような状態のときに、母が倒れて料理に目覚める。最初は、おかかを作ることしかできなかったが、手作り餃子。夏野菜カレー(ピーマン入り)と、どんどん料理の質が上がってきて、彼の料理の腕がすごくあがっていることがよくわかる。
次男、調(中1)部活のバスケットボールに夢中。恋よりもバスケ。彼女はいるが、バスケ。背が伸びないので、牛乳を必死に飲んでいる。このころの悩み多き、思春期の微妙な揺れをうまく表現しています。律が作ったカレーを食べない!と言って、家を飛び出す。でも、後悔をして、母が入院している病院にいく。思春期の歯がゆい思い、大人になりたいのにまだ体は子ども。少しの成長も友達に抜かれると、悔しい。そんな繊細で、少しのことでどちらにも揺れ動く彼の思いがわかります。
長女、奏(小6)アイドル志望でダンスを習っている。テレビを見ていて自分がアイドルになれば、家は安泰だという考えのもと、原宿へ。ここは確かにスカウトのメッカである。朝から行って夕方になるのに、誰もスカウトしてくれない。その一所懸命な家族を思う気持ち、けなげな思い、アイドルへの憧れ。この頃の少女が思い描きそうな夢見がちな思い、強い家族愛が伝わります。お兄ちゃんに好意を抱く人を敏感に感じとるところが女の子特有のもの。表情と少しのしぐさで表しているシーンがありますが、ブラコンなんだなということがわかります。漫画家は絵で表現をすると思いますが、言葉ではなく、主人公も気がついていない気持ちを周りが敏感に察して表す。律の隠れた気持ちも奏が表していて、絶対に阻止してやろうという女性特有の気持ち。小さいころからあるんですね。
それぞれに夢中になれるものにうまくいったり、いかなかったりしながら物語は進みます。普遍的にそこらへんに転がっているようなネタを上手に料理する料理人が「小沢真理」さんです。ぜひ、お試しあれ。
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