悪役でこれほど格好いいのってなかなか見られない
羊たちの沈黙 ハンニバル に次ぐ第3段。ハンニバル・レクターシリーズの重要な鍵を握っている作品です。
悪役なのに格好良い
ハンニバルシリーズの一番の魅力はやはり出演する悪役ではないだろうか?2作目のハンニバルでは悪役の雄であるゲイリー・オールドマン、本作ではハリー・ポッターシリーズで悪の象徴たるヴォルデモートを演じたレイフ・ファインズを据えるなど、どの悪役をとっても非常に魅力的なキャラクターが出演している事が本作を輝かせている。この悪役が格好いいというのはいい映画の特徴だと私は思っている。たとえばスターウォーズをあげてみよう。初期3部作の中で一際目立った悪の象徴が誰もが認めるダースベーダー卿である。あのスターウォーズの第1作目から(つまり父ちゃんだったのかよ!!!)と判明する前からダースベーダーはやっぱり「格好良い」のである。コスプレしたくなっちゃう気持ちもうなずける。この悪役を悪役ではなく、魅力的な悪役として据えている映画はなぜか不思議と映画全体に魅了されてしまいがちだ。僕はこのハンニバルでも同じ雰囲気を感じているのだが、皆さんはどうであろうか?悪役に魅力がありすぎて、主人公の個性が消えかかっていないであろうか?かくいう私はこの作品を考えた時に一番真っ先に考えるのはハンニバル・レクターであった。それはおそらく皆が抱くあの全てを見透かしたようなキレる頭の良さと気品ゆえだろう。みんなどこかで頭の片隅の方でガラス越しの知の巨人に憧れを抱いているのだ。しかしこの悪役の存在感ゆえにこの作品は重荷をしょってしまっているのも事実だろう。
ここから全てが始まった。
さて、ハンニバル・ライジングが今の所本来の原点的な作品であるが、私にはあまりに異質に見えるのでハンニバルシリーズの原点を本作「レッド・ドラゴン」に据えるのが自然だと思っている。ライジングはいわゆるスピンオフ作品のような位置付けと理解して構わないはずだ。しかしながら、困ったことに実は若干この作品に物足りなさを感じている。本作の唯一物足りない部分はその演出であろう。今回の作品はグレアム捜査官(エドワード・ノートン)によってレクター博士が逮捕収監されたところから始まるので、話の主体がダラハイド(レイフ・ファインズ)を主体に展開されていく。もちろんダラハイドは主役級の役割を展開してくれているので全く申し分ない。しかし、ここが私にとって(また多くのハンニバル信者にとっても)もどかしさを感じてしまう所以なのだ。ダラハイドは今回の作品ではあくまでもレクター博士のコマであって分身ではない。それゆえに僕らは悪役の本家の巨匠を目の前にしてお預けをくらっている状態なのだ。収監されているレクター博士が新聞に込められた暗号を通じてダラハイドを操る様はお見事!と言わざるを得ないが、もう少々レクターらしさを匂わせてくれても良かったのではないだろうか。とはいうものの、決してダラハイドが所詮はコマになりきる端役だったという訳では無いことは言及しておきたい。おそらく監督の主眼はダラハイドへの感情移入を狙ったのであろう。このダラハイドの立ち位置に納得をもてるかどうかが本作の明暗をわけるある種の監督にとっての勝負だったのだろう。そうでないと、最後のクラリス登場につながるいわゆる原点回帰の部分がまったく無意味に終わってしまうはずだ。
レッド・ドラゴンの持つ意味
あれほど物足りないと言ってはしまった手前非常にいいづらいのだが、私はこの作品にはそれ相応の意味があると思っている。決して嫌ってなどいない。この作品を見終わったのちにもう一度羊たちの沈黙とハンニバルを見返すと一貫した変身というテーマが完成していることに気づくのだ。これは監督だけでなく、作者のトマス・ハリスのずる賢い演出である。一作目を作り、二作目を作り、三作目でようやく全体を統一する変身=自己からの脱却というテーマを投げかけてくるなど全くもってずるい後出しじゃんけんだ!しかし、このじゃんけんがあるおかげでかつての2作全てが異なった味わいになてくるのだ。あの蛹から脱皮した蛾のように貼り付けにされた警察官も、人の皮膚を繕っていたシリアルキラーもこの変身を通じて統一されていく様は後出しじゃんけんにしては見事だ。
もう一度見る価値はあるのか?
一度見た作品を見直すというのは異なる味わいを得られるという点では意味があるのだが、やはりどうせなら見る価値があるものを見たいものだ。今もしこのハンニバルシリーズを見返す必要があるか迷っている方がいるなら是非言いたい。頼むからレッド・ドラゴンから見てくれ。そうする事で監督が仕掛けた伏線(しかも未来から過去にかけて)を味わい、また異なったハンニバルに魅了される事は間違いない。そしてまた、かの悪役の哲人たるハンニバル・レクターに魅了され続けて欲しい。
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