小熊ちゃんの奮闘記
いいものをもっとよくして世に出す
たくさんの人がかかわり、作家さんから生み出された作品は商品となって私たちの手元に届きます。私がこうして記事を書くことも、その作家さんを支えるひとつの要素になるのかな、なんて「重版出来」を読み返して思いました。読者の発信力は個人であればごく小さいですが、たくさんの人が手にして感想を述べれば、カテゴライズされ、大きな影響力へと姿を変えます。それが作家さんをはじめ、作品に携わるすべての人間に影響することなんだと責任の重さを感じました。一個人の意見が影響するほど私は偉くもないし知名度も地位も手にしていません。私を知っている人が画面越しにどれだけいるかわかりません。けれど、これを読むことで作品に対する接し方や見方を変える人が少なからずいると思います。そう思うと、少しだけ気持ちを引き締めなければいけないなと責任感が強くなりました。
出版社に勤めたいと就職活動をしていた私にとって、小熊ちゃんこと黒沢心(主人公)は羨ましい存在として現れました。主人がどこかから情報を仕入れてきて買い始めたのをきっかけにこの作品を知りました。編集という仕事は、良い作品を作者さんと一緒に育て世に送り出す仕事で、自分のいいと思ったものを信じてそれを多くの人に知ってもらう手助けをしたいと思っていた私にとってぴったりの職業だと思いました。しかし、恐ろしく高い競争率に負け、面接はおろか試験さえ受けられずに私の夢は終わりました。今でも機会があれば、なんて思っていたのですが、さすがに体力も持ちませんし、読者として良い作品が続くよう支えるにとどまっています。
それゆえに、この漫画を読みながら私はいつも疑似体験をさせてもらっています。松田先生ありがとうございます。漫画家さんが裏方である編集さんを表舞台で描く作品に出会ったのはこの「重版出来」が初めてで、どんな思いで、どれほどの努力で私たちが手にするところまで形にするのか、様々な人間模様に一話一話感動しています。印刷会社やカバーデザインなど、編集以外の仕事も見れて、とても勉強にもなります。
それぞれの卵
卵を温める期間って限りがあります。うまく育てば自ら殻を割って表へ出てきますし、うまく育たなければ成長が止まり、卵のまま孵らずに終わります。その卵を途中で料理してピータンにしてしまう人もいるでしょうし、扱われ方は生まれ落ちた場所によって違います。担当の編集さん次第で作家さんは生きたり死んだり、輝き続けられたり、翳り始めたり、さまざまです。私は時代が流れてもいつまでも年輪を増やす大樹になってほしいと、ファンになった作家さんに対しては思っています。枯れずに腐らずにいつまででも作品を生み出してほしい。それは音楽でも映画でもアニメでも思います。
宮崎駿監督が引退宣言をしました。もうだいぶ前の話ですが、後継者もでき、ご自身の年齢や体力を考えての発言で、ファンとしては残念ではありますが、これも時間が経つということなんだな、と監督の意志を尊重したいと思います。しかし、一度生み出され、世間に愛された作品たちは、いつまででも生き続け、時代が流れても人々の手元まで届きます。愛される作品を大事に壊れずにどの世代にも受け入れられるよう育てることが、作者を中心に集まった人間の役割なんだと思います。
「重版出来」に登場してくる人たちは皆作品を愛しています。そして作家さんを大事にしています。ひねくれた編集もいますし、理解の浅い人もいますが、ほとんどの人に敵意を向ける気持ちにはなりません。むしろ心の底から応援して、順調に歩み始めると我がことのように嬉しく思います。一生懸命に何かに取り組んでいる人の姿を描いているので、仕事で落ち込んだり、行き詰った時に読み返すと、力を分けてもらえる作品だと思いました。そしてその気持ちを大事に温めたいと思わせてくれます。ひたむきな姿はどの作品でも心惹かれますね。
本が重いのは作り手のせい
文句言ってるみたいな見出しですが、決して文句ではありません。作り手が悪いんです。それだけははっきりしています。その理由は、多くの人を巻き込み、一冊を世に送り出すための労力が恐ろしいほど詰め込まれているせいです。だから本は増えれば増えるほど場所を取りますし、重たくなるのです。今はデジタル化が進み、スマホひとつで漫画も小説も映画さえも見たい時に見れます。便利な世の中になったのはとてもいいことですし、発信するスピード、コスト、手間が圧倒的に違ってきます。読者側も安く手に入るならそれに越したことはないのだと思います。しかし、それだけでは作品の味が出てこない、正しく伝わらないのも確かだと思います。利便性を手にすることで失っているものもたくさんあります。紙の辞書と電子辞書では同じ学習をしても紙の辞書のほうが勉強になる、という教えと似ています。私は重くてもなんでもいいから、漫画や小説は紙の媒体で作品を手にしたいです。娯楽の一種として考える方はどちらでもいいと思います。でも私は、作品として受け止めたいと思っているので、その重みを実感したいと思っています。
時代がいくら進もうが流れようが、私は一生ぺらぺらとページをめくることを至福の時として味わいたいのです。その思いはやはり、この作品を読んでからより一層強まりました。様々な思いの結晶が今手元に並んでいることを幸せに思います。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)