とある世界におけるもう一人の主人公、一方通行とは
悪党を張る男
とある魔術の禁書目録という作品において、主人公である上条当麻とは別視点で物語の中心に立っている男がいる。彼の名は一方通行、アクセラレータ。この呼び名はあくまで彼の持つ能力名であり、本名は別にあるようだが、原作小説の方でも未だに語られてはいない。一方通行は作中において最強といわれる超能力者であり、あらゆるベクトルを操るというその能力は基本的に無敵であったが、かつて巻き込まれた事件で負った傷によって彼の能力には時間的な使用制限がかかっている。それでもなお、単純な戦闘能力で言えば、間違いなく作中でトップクラスに立つ。
名実ともに学園都市最強である、そんな彼の作中におけるスタンスは、悪党である。一方通行は幼少時から、研究目的、あるいは結果最優先で倫理観の欠如している研究者たちの跋扈する、学園都市の暗部に触れ続けた。そんな悪意と血に塗れた環境に置かれ、自身の人格も歪にねじ曲がった一方通行は、初登場時点で既に一万超のヒト、正確にはクローン人間を殺害していた。そんな彼にも、主人公である上条当麻との激突、ラストオーダーと呼ばれる少女との出会を経て、その心境や在り方に多少の変化が生まれた。それでも、彼のスタンスは変わらない。自身や自身の周囲に危害を加える者に一切の容赦が無い。必要なら、あるいは本気で頭に血が上れば、躊躇なく相手を殺すし、相手方の事情を一々汲み取る気も毛頭ない。一人の少女を守る、という一点においては主人公である上条当麻と共通するが、それでも彼のやり方は決して上条当麻のように正義や王道を行く物語の主人公では無い。一方通行のやり方、在り方はあくまでダークヒーロー、目的の為なら当たり前のように手を汚す悪党である。
彼が守るもの
上述したラストオーダーという少女、彼女は一方通行の殺した量産型のクローン人間と同型にして、そのクローン人間たちの最終製造個体である。一方通行というキャラクターを語るにおいて、彼女の存在は欠かせない。一方通行と自らの意志で共にいようとする彼女は、もちろん一方通行が自らの同型の個体を一万以上殺害していることを知っている。さらに言うなれば、全員が電気を操るという能力を持つクローン人間、ミサカシリーズと呼ばれる彼女たちは、その能力でもってネットワークのようなものを構築し、記憶や意識を共有している。すなわち、ラストオーダーは一方通行がどのように自身の同型を殺したか、また同型が死ぬ時の苦痛を、自身の記憶のように理解している。その上でラストオーダーは一方通行と共にあろうとしている。彼女は一方通行の蛮行を許す、などといった台詞は言ってはくれない。ただラストオーダーは一方通行の中に残っている善性を感じ、一方通行がこうなるに至った経緯を理解し、あまりにも危うい現在の彼の在り方を心配してくれている。そういったあまりにも人として正しい在り方を、まして加害者である自分にすら向けてくれている彼女に、おそらく一方通行は絶対的な善性を見ている。だからこそ、彼はいまさら自分みたいな人間がどの面さげて、などと自嘲しつつも、彼女を守っている。これが現在の一方通行にとっての最優先事項だ。自分は既に救いがたい外道悪党であることを認めているが、この尊い善性が他人の悪意や思惑によってまた利用され踏みにじられることを一切看過できない。そうやってラストオーダーを守りながら、彼女に見守られているということが、作中におけるアクセラレータというキャラの基盤といえるだろう。
主人公との関係
主人公である上条当麻、彼と一方通行は対比になっている。他人の能力を無効化する特殊な能力こそあるが、基本的に殴る蹴る以上の攻撃手段の無く、拳銃などの当たり前の暴力で普通に殺害可能な、貧弱な超能力者である上条当麻。対して、いかなる物理的な攻撃を受けようとその一切を反射することで無効化し、あらゆるベクトルを操ることで多彩な攻撃手段に転用可能な、絶対的な超能力者である一方通行。単純に超能力者として、互いに最弱と最強であると作中においても対比されている。もちろん、そのスタンスも互いに対照的だ。上述した一方通行のスタンスに対して、上条当麻はまさしく王道をいく、正統派のヒーローだ。窮地に陥り、助けを求める誰かがいたならば誰であろうと手を差し出す。敵がいかなる外道であろうが殺しはせず、殴り合う前は必ず問答無用では無く、自身の考える道理を説く。敵であろうと相手の事情を汲み取り、状況が許すのであれば正しい道を示す。あるいは独善的と言えるものかもしれないが、それでも自身から生じる正義や道理を貫くという点で、やはり上条当麻こそ作中世界における主人公にしてヒーローと言えるだろう。ただ、そんな上条当麻と一方通行の直接的な関係性は、現時点において元敵、以上のものでは無い。上条当麻から見た一方通行は最強の超能力者でかつ既に殴り倒した相手であり、現時点ではもう特に遺恨も何もない。言ってしまえば、数いるかつて強敵の内のただの一人であり、かつての激闘すら、やるべきことだと思ったことをやっただけに過ぎないと捉えている節がある。対して一方通行は自身を殴り倒した件について殺意を抱く程度には怨みがある。ただし、大した能力も無い身で自身に挑み、宣言通り一万弱のクローン人間を丸ごと救って見せた上条当麻の在り方や言葉に思うところは大いにあったようだ。彼の現在の在り方を決定づけたのがラストオーダーであるならば、自身の強力な能力のみに依存する、かつての一方通行の在り方を変えるきっかけを作ったのが、上条当麻といるだろう。互いに対照的な存在ではあるが、現在の一方通行にとっての物語の始まりであり、一方通行に対して一方的に強い影響力を持つ存在が上条当麻であろう。
過去は取り返しがつかない
さて、上条当麻に殴り倒され、ラストオーダーと出会い、悪党ではあるものの、かつてよりはいくらか人としての善性と呼べるものが発揮されるようになった一方通行ではあるが、それで全て物事が好転していくわけでも無い。自分自身とラストオーダーの周囲には超能力絡みの厄ネタが満載し、作中においても、舞台である学園都市の上層部や研究者に散々に振り回されている。その上で、一方通行は自ら手を汚すことを厭わず、悪党としてラストオーダーを守る道を選んだ。ただ、作中における彼の心情や行動を見れば分かる通り、彼の行動はどこか自罰的だ。もう既にミサカシリーズと呼ばれるクローン個体を散々虐殺したから、自身は救いがたい悪党だと考えている。あるいは、ラストオーダーのような善性の存在と共にいるべきではないと考えているように見える。陽の当たるような優しい雰囲気の場所に居づらく、自身から確かに生じたはずの優しさすら嫌悪してしまうわけだ。確かに、人道倫理に則れば、一方通行は許されるような存在ではない。ただ、もはや取り返しがつかない罪科があるからと、自身に行動や制限をかけるような在り方が、果たして彼のとるべき正しい償いの仕方なのかどうかは、大きい疑問符が付くところだろう。
一方通行の道行の末路は
物語の最後では、自分やラストオーダーを害しうる学園都市上層部に対し、仲間たちと反攻を決意する一方通行であったが、彼の前途は間違いなく半端ではない多難にあふれていることだろう。残念ながら、本作においてはそれらが語られることなく終幕を迎えてしまっている。だが、それらは原作やコミカライズ、そして今後放映されるアニメーションの第三期にて語られていくことになるだろう。悪党であるということによって生じる一方通行の限界、悪党としての彼の末路。そして悪党であるから、かつて多くの同型を殺してしまったから、などとそんなものは関係なく、一方通行自身の本当の願望の形、結局彼は何がしたくて、何を求めていたのか。そのあたりに注目しながら、本作を見返し、これからのとある魔術の禁書目録シリーズを追いかけていくと、かつて罪を犯し、間違ってしまった彼だからこその、成長の軌跡を感じることができるはずだ。上条当麻とは違う視点、スタンスで、異常にハードな作中世界を生き抜こうとする彼の生き様は、きっと多くの人を魅せ付け、感動させるものになることだろう。
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